海神の戯れ

 火山の噴火、森の衰弱、激しい暴風雨、大荒れする海。突然幻夢界を襲った自然災害。それらは封印状態だった幻夢界の創造神の四柱が目覚めた反動であり、神たちが正気を取り戻すと共に収まっていった。

 幻夢界の上空を漂う空神の住居、空跡宮。四柱を鎮めるのに一役買った獣天狗と木霊が、安堵のため息を吐く。一件落着と思われた今回の騒動だが、彼女らには最後の脅威が待ち受けていた。



「はぁ……はぁ……、くっ」
「稀炎や鋭子を相手にしたと聞いて期待したが、所詮この程度か」

 幻夢界の創造神の一柱、海神の水茂古句莉は物足りなさに溜息を吐く。古句莉は自身が突き出した薙刀の先で、倒れて苦しそうにしている獣天狗を見下ろした。
 このまま殺してもいいが、もうひと頑張りして楽しませてくれないだろうか。他の三柱からの加護を受けた獣天狗、ただものではないように思える。封印から目覚めて暴れたい古句莉にとって、彼女は珍しいおもちゃに見えていた。ピンチに陥ったら底力を発揮したりするだろうか……と薙刀の刃を天狗の首に当てる。

「水茂様、それくらいに――」

 空間の創造神、亭羽烏鐘鋭子が古句莉を止めようとするが、先に獣天狗が動いた。

「おお、本当に底力を」

 獣天狗は扇を使わずに、妖力で自身を中心に暴風を吹かせた。古句莉はバランスを崩し、後ろによろめく。その隙に獣天狗は起き上がって古句莉と距離を取る。
 獣天狗はもう限界のようで、加護のおかげで立てているような状態だった。妖力は枯渇していて、足元がおぼつかず、目も座っている。それでも古句莉へ抵抗しようとする意思は強く、恐怖よりも敵意を向けられているのが分かる。
 四柱の中で最も恐れられている自分に対して、逃げずに向かってくる獣天狗の度胸に感心した。古句莉はにやりと笑う。こうも面白いと、壊れるまで遊び尽くしたくなってしまう。

「いいじゃねえか!もっと楽しませてくれ!」

 古句莉が猛接近し、薙刀を振り下ろそうとした時、獣天狗の雰囲気が変わった。本当にわずかの差だが、何か違和感を感じる。

「いい加減に、してっ!」

 獣天狗が扇を振るい、渦巻いた風が古句莉を襲う。古句莉にとって特に脅威でない攻撃だったが、思わず足を止めた。先程の違和感とこの風の攻撃が合致したのだ。

「こいつ……」

――――――

「ふぅ~、今回はこれくらいでいいか」
「うぐぐ、ひどい……」

 獣天狗で遊ぶのに満足した古句莉は、大きく伸びをして戦いの終わりを告げる。獣天狗はやっと解放されたと仰向けにぶっ倒れ、そこへ連れの木霊や式神が様子を見に駆け寄って来た。

「本当にひどいですねぇ。水茂様にとってはお遊びでも、あの方にとっては命懸けなのに」

 獣天狗たちと少し離れて立っていた古句莉の元に、鋭子が呆れた様子で話しかけてくる。

「お前も暴走して獣天狗のこと殺しかけてただろ」
「うっ……、わざとではないとはいえ、五十歩百歩ですね……。それはそうと」
「お前も気づいたか?」
「ええ」

 古句莉も鋭子も例の違和感のことを思い浮かべていた。あの違和感は獣天狗から発せられた負のエネルギーだ。怒りや憎しみ、恐怖などの感情から生まれる負のエネルギーは、妖怪を強くも弱くもする力だ。獣天狗も古句莉に対して負の感情を抱いてはいたが、戦う相手に向けるごく一般的な感情だった。二人が感じ取った違和感は、もっと強烈な、普通の妖怪が能力で使うような力とは違う負のエネルギーだった。

「まるで堕落族だな、ありゃ」
「はい。しかも、あの怨霊の堕落族と似ています」

 創造神にも匹敵する力を持つ堕落族という種族。幻夢界の破壊を目的としていて、創造神を殺すために命や負のエネルギーを食して力を蓄えている存在だ。

「しかし、なぜあのような天狗から堕落族の力がしたのでしょう。今は全くその気配がありませんし」
「さあな。まだ堕落族とは比べ物にならない、周りに気づかれもしない程度の力だったが、今後どうなるか」

 古句莉と鋭子はそう話して獣天狗たちを見守る。木霊の治癒術で獣天狗は少し元気を取り戻し、上半身を起こして災難だったと嘆いている。

「今のうちに排除しておきますか?」

 鋭子がエネルギーを集めて黄金の剣を創り出そうとするが、古句莉は首を横に振った。

「おや、あなたにしては珍しい」
「あいつが堕落族と関係あるのなら、生かしておいた方が得だろ。あの様子だと堕落族と絡んでる様子もないし、周りも気づいていない。他の堕落族の出方を窺えるし、囮にしてもいいかもな」

 なるほど、と言って鋭子は剣を光の粒子に戻す。普段は平和主義な鋭子だが、相手が堕落族かもしれないとなれば、古句莉の企みにも納得してくれたようだ。

「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。天狗の観察、頼んだぞ」

 古句莉は鋭子に監視を押し付け、文句を言わせないためにも獣天狗の元へ向かった。
 獣天狗はこちらに気づくと、げっとあからさまに嫌そうな表情をする。

「じゃあな天狗!お前の足掻き、気に入ったぞ!また遊びに来てやるからな!」
「来なくていいです……」
「遠慮するな!さて、刃、帰るぞ」

 古句莉は自分の式神を呼び、浮遊術で宙に浮く。そして刃を従えて空跡宮を後にし、西に広がる海へ帰った。



 遥かなる海の海底。太陽の光が僅かにしか届かない場所に、ひっそりと神社が建っていた。神社はドーム状のうっすらと光る結界に覆われており、結界内は視界に困らない程の明るさになっていた。そして中には海水はなく、地上のような空気がある空間になっている。
 古句莉は自身の住居である海底神社の結界をするりと抜け、神社に続く石畳みの上に着地する。少し遅れて刃が古句莉の側に降り立つ。二人とも海の中を進んできたが、自身の周りに水を弾く術をかけていたため、髪一本濡れていない状態だった。

「さて、ゆっくりするかー、と言いたいところだが、いろいろ聞かないといけないな」

 古句莉は境内を歩き、賽銭箱の上にひょいと腰掛ける。一定間隔を開けて刃がついてくる。

「この七百年のこと、教えろ」

 古句莉含め、他の創造神たちも七百年間眠りについていたため、幻夢界で何が起きたか全く知らない。先程、海と空跡宮を往復した時に見た世界の景色は特に変わった様子はなかったが。
 刃はこの質問が来ることを予想していたのか、悩むことなくすんなりと言葉を口にする。しかし、古句莉の質問に対する答えではなかった。

「その前に、四柱に何があったのか教えてください。なぜ急に封印状態になったのですか。他の式神たちも何も知らず、幻夢界の維持に必死だったのですよ?」

 刃は少し怒りつつも心配するような声色でそう言った。

「あー、あれな。私らにも分からん。守護神から危険信号が飛んできて、なんも分からんまま寝てたんだよ。その守護神に聞こうにも、居場所が把握できなくなってるし。後で調べるしかないな」
「……そうですか」
「これで満足か?だったら私の質問に答えろ」

 刃は分からずじまいの解答に肩を落としたが、気持ちを切り替えるために咳ばらいをして報告を始める。

「一番大きな出来事でいえば、堕天霊(だてんりょう)が消滅したことですね。紅葉岳の天神が命懸けで成し遂げました」
「はぁ?マジかよ、堕天霊死んだのか?」
「はい。あれ以来堕落族は大人しくしています。トップが入れ替わってごたごたしていたのでしょう」

 予想外過ぎる報告に古句莉は頭を抱える。堕天霊が死んだというのなら、さっきの天狗の力は何だったんだ。

「刃、お前、あの天狗の力に気づいたか?」
「力……。途中から闇属性の力を感じましたが、それくらいしか」
「ほーん」

 刃は古句莉の力の一部を宿した式神であり、もともとの祀られる神だった。四柱の式神の中でも一番強く、相手の妖力も敏感に感じ取れるはずだ。その刃が堕落族の力に気づけないとなると、やはりあの天狗の力は本当にわずかな邪気だったのだろう。しかし鋭子も感知しており、古句莉の勘違いではないことは確信できる。まだ力が覚醒していないのだろうか。
 古句莉が少し考え込んで黙っていたため、刃が何を企んでいるのだと言いたげな視線をこちらに向けていた。

「あの天狗、堕落族の関係者かもしれん」

 軽く刃に情報を伝えると、刃は納得いかなさそうに腕を組む。

「空神もそうおっしゃるのなら間違いないのでしょうが、疑問しかありませんね。あなたの命令通り、あの天狗に奇襲を仕掛けましたが、実力も一般的な獣天狗と変わりませんでした。なぜそのような者が堕落族の力を?」
「さあな。堕天霊の手下かと思えば、堕天霊は死んでるし。放っておくわけにもいかんしなあ」

 古句莉は賽銭箱から降り、刃の目の前に立つと、刃は口元を歪めて咄嗟に目を逸らす。古句莉はにんまりと笑って、背の高い刃の肩に手を伸ばしてぽんぽんと叩く。

「調べてきてくれるよな?」
「水茂様は目覚めたばかりですし、情報整理や力の制御も大変でしょう。私がもう少し幻夢界維持の管理を――」
「大丈夫だ!さあ、調査してこい!チュウジツなシモベよ!」

 刃は苛立ちで瞳をぎらつかせて刀に手を持っていくが、何とか冷静さを取り戻して諦めの溜息を吐く。

「仰せのままに。……まったく、もうしばらく封印されていればよかったものの」

 刃はぶつぶつ文句を言いながらしもべの白蛇を召喚し、命令を叩きこんでいく。

「で、その天狗はどこにいるのですか」
「知らん、自分で探せ」
「クソ邪神め……」

 古句莉はもう刃に興味はないと背を向け、神社本殿の中へ消える。背中に刃の物言いたげな視線を感じたが、無視して格子戸を閉じて遮断する。数百年ぶりに浴びる殺意もなかなか良いものだ。

――――――

 秋が過ぎ、幻夢界は年明けの冬、初間になった。
 刃に呼び出され、古句莉は欠伸をして起き上がる。せっかく気持ちよく鳥居の上で昼寝をしていたのに。下に早く降りてこいとオーラを放っている刃が腕組みをしている。仕方ないと、波に流されるクラゲのように宙を漂って下まで降りる。やる気が出ない時はこれが楽なのだ。

「しょうもない報告だったら胴体真っ二つな」
「例の天狗の件ですが、どうでもいいのなら胴でも首でも好きなところをどうぞ」
「おお、やっとか!」

 古句莉はころっと機嫌を取り戻し、食い入るようにそれでと先を促す。

「最初に動きがあったのは終間(年の終わり)です。天狗が苦しそうに闇の、いえ、堕落族の力を纏いながら、ノジア方面へ飛んで行きました」
「ノジア?あんなところに何しに行ったんだ?」

 古句莉たち四柱が拠点にしているエスシ地方。その西の海を越えた先にあるのがノジア地方だ。かなり距離があり、一日二日で行ける場所ではないはずだが、飛んで行ったと刃は言った。

「ノジアで何をしていたかは分かりません。さすがに監視の蛇たちもそこまで追えませんので。数日後、いつも通りの天狗と、なぜか朱燕も一緒にエスシの方へ帰ってきました」
「朱燕?非常食か?」
「かもしれませんね」

 最弱種族の朱燕まで海を越えてくるとはどうなっているんだ。眠っている間に種族の改変でも起きたのか?と古句莉は首をひねった。

「ここからが肝心なのですが、天狗がノジアから帰ってきてから、紅葉岳の方で動きがありました。ああ、そういえばあの天狗は野老屋の森に住んでましたよ」

 紅葉岳というと、天狗種が根城にしている山だ。群れる種族であるため、あの天狗もそこにいるのだろうと思っていたが、紅葉岳南の森にいたらしい。

「初間になって、例の天狗が紅葉岳の天狗に、山の頂上付近まで連れていかれました。そこであの力が出てきました。蛇たちの視界からでも一目瞭然で、ただの闇の力ではないと分かりました」
「……それで?」
「あの天狗の正体は、堕天霊の生まれ変わりです」

 神にも及ぶ力を持つ堕落族、そのトップの堕天霊。古句莉たちが封印されている間に消えたというのはぬか喜びだったというのか。堕天霊は再び幻夢界へ降り立っていた。

「堕天霊の力は覚醒したのか?」
「微妙ですね。一応制御できるようになったようですが、使えるのは力の一部だけです。堕天霊の意識も目覚めていないようですので、今のところは問題ないでしょう」
「なるほど……」

 古句莉は少し黙って考える。今のところは問題ないのだろう、今のところは。しかし、いつ天狗の肉体が力に飲まれるか、堕天霊の意識が目覚めるかは分からないのだ。明日かもしれないし、杞憂かもしれない。状況の悪化が幻夢界に天変地異をもたらすくらいの問題だ。

「よし、刃は鋭子にこのことを伝えてこい。稀炎とシャナスには鋭子に任せとけ」
「承知しました。その様子ですと、水茂様も何かなされるのですか?」

 刃の問いかけに古句莉はにやりと笑う。

「ああ。私はあの天狗に会いに行く!」

 どこまで覚醒が進んでいるのか、危険度がどれくらいなのかを直接調べる。危険な予兆があればその場で殺すなり監禁するなり、古句莉の好きなようにするつもりだ。

「……いえ、それはやめておきましょう」
「何だと?私直々出向くと言っているんだぞ?ありがたいだろう?」

 古句莉がドヤ顔で言うと、刃はジロリと古句莉を睨む。

「あなたが地上に出ると災害が起きます。一人でなんてエスシ地方が壊れます。やめましょう」
「私を何だと思ってるんだ」
「歩く災害、邪神、幻夢界の悪」
「それは堕落族だろう」

 刃の反対を押しのけ、さっそく地上へ向かおうと浮遊術を使う。

「せめて海から出る時に津波を起こすのはやめてくださいよ!」
「へいへーい」

 下で叫ぶ刃に返事をし、海底神社の結界をくぐる。海水が道を開けるように古句莉への抵抗を消し、猛スピードで地上へ向かって進んでいく。すぐに地上が見えてくる。そのまま勢いよく地上に出たい所だが、津波を起こさないようにスピードを落とす。我ながら気を利かせて優しい神だと思う。
 地上、野老屋の森の西海岸に上陸する。現在地上は冬で、肩も足も出た服装の古句莉は身震いする。すぐに周囲の気体の水分を操り、寒さを感じないように気温を上げる。

「さて、この森にいるそうだが、森のどこにいるんだ?」

 野老屋の森はここらでは小さい森だが、狭いわけではない。家のような建物があるのだろうか。小さな村があるとのことなので、そこを目指してみよう。村の場所も知らないが。そこまで伝えない刃の気の利かなさに呆れた。
 海岸と森を行き交う者に作られた獣道を辿り、道のままに歩いていく。森にはうっすらと雪が積もっている。さっさと天狗を見つけたいが、こんな寒い時期は皆外を出歩かないだろう。

 細い踏みならされた道を進んで行くと、森が開けて草原に出た。少し先にまばらに建物が並んでいる。村と呼んでいいのか分からないくらいにしょぼい。人の姿も見えないため、一番手前にあった小屋のような木造の家の扉を叩く。

「はーい」

 力強い男の声。がらりと引き戸が開けられ、ガタイのいい牛のようなツノが生えた男が現れた。

「どちら様……え?」
「よお、天狗知らんか?」

 牛男は固まって古句莉を凝視している。

「か、海神、様……?」
「いかにも」

 七百年ぶりに目覚めて以来、海から出ていないため、古句莉を知っているということはそこそこ長生きしている者であろう。牛男は強そうな見た目に反し、怯えたような目で古句莉を見て震えている。

「て、天狗?鈴葉ちゃんのことですか?」
「多分そいつだ。この森に住んでると聞いたが、村にいるのか?」
「い、いえ……。鈴葉ちゃんは木霊の風沙梨ちゃんと住んでるそうでして……。木霊は木に術をかけて住むため、私たちも家がどこにあるかは知らなくてですね……」
「木に住み着く?」

 家の見た目がただの木ということか。誰にも住処を明かしていないとは、あいつら見た目によらず警戒心が高いのかと感心する。

「大体の場所も分からないのか?」
「森の北側だと思いますが……す、すみません」
「うーん、森の半分も探さないといけないのか」

 どうするかなと腕を組んで悩むと、牛男がわたわたと焦る。ごっつい身体で落ち着きのないやつだ。

「あ、あの!少々お待ちくだい!」

 どたばたと家の中へ引っ込んで行く牛男。すぐに何かを持って帰ってきた。紙皿に乗せたいい匂いのするものを持っている。

「それは?」
「ただの焼き鳥です。これを持って行ったら、もしかすると匂いにつられて来てくれるかも……」
「んな、まさか。虫かよ」

 よく分からないが、美味そうなので受け取っておく。地上の食べ物は好きだ。サンキューと言って背を向けると、牛男はほっと胸を撫で下ろした。
 来た森に戻り、焼き鳥を持ちながら獣道を外れた地を進んで行く。美味そうなタレの匂いによだれが出る。せっかくまだ温かいのに、このままでは冷めてしまう。食ってしまおうか。なぜ天狗なんかのために自分が我慢しなければいけないのか。探す手段がこれしかないのなら、力ずくで木々を薙ぎ倒して見つければいいのではないか。
 歩きながらそのような考えを巡らしていると、茂みがガサガサと揺れた。

「いい匂い……」
「なんだこいつ」

 目的の天狗が頭に雪を乗っけて、ふらふらと姿を現した。あの牛男、侮れないな。

「よお、天狗。遊びに来たぞ」
「うわ、あの時の怖い人だ……」
「土産も持ってきたぞ!」
「優しい人だ!!」

 焼き鳥を見せると、天狗は嬉々として駆け寄ってきた。
 古句莉は目的の天狗を見つけられた。もうこの焼き鳥を持っている必要はない。ということで、駆け寄ってきた天狗の目の前で、自分の口に肉を突っ込んだ。
「ひどい!土産って言ったのに……」
「村人から私への土産だ」

 甘辛いタレと柔らかい肉、実に美味い。何か訴えるような目をしている天狗に見守られながら、皿に乗っていた三本の焼き鳥をぺろりと平らげた。天狗ががくりと肩を落とす。

「ほしかったか?だったらこれをくれてやる」

 邪魔になった紙皿を天狗に押し付ける。神にゴミなど必要ないのだ。ありがたく受け取れ。天狗は不満げに紙皿をぐしゃぐしゃと握り潰して袖の中に仕舞った。

「さて、本題だが――って、おい!帰るな!」
「忙しいんです、遊べないです」
「お前の都合など知らん。私に合わせろ」
「なんなのこの神……」

 天狗は逃げるのを諦めたようで、狐の耳を寝かせて古句莉の前にとどまった。
 目的はこの天狗の堕落族の力を調べること。こちらが詮索していることは隠しておきたい。この天狗を堕落族への対抗手段で利用しようとしている古句莉にとって、能力に目をつけていることは知らせない方が都合が良いのだ。あの力を自然と引き出させるには……。

「うーむ、戦うか」
「えっ!?どうして!?!?」
「何となく」
「嫌ですが!!!」

 思い付きで地上に来たものだから、天狗に会った後どうするか考えていなかった。戦う、脅す、拷問以外に何か手があるだろうか。

「じゃあなんか私を楽しませてくれよ。天狗ならではの一発芸とかないのか?」
「風を起こすくらいしか……。本当に何しに来たんだろうこの人」

 話が進まないので、いつも通り好き勝手暴れてやろうとした時、天狗の後ろに白い何かがいることに気づいた。一匹の小さな白い蛇が、 雪の積もっていない木の枝に身体を巻き付けてこちらを見ている。刃の手下だろう。あの蛇の視界越しに、海底神社からこちらの様子を見ているらしい。

「お、そうだ」

 古句莉はいいことを思いついたぞと天狗に視線を戻す。

「あそこを見ろ。こんな時期に外にいる馬鹿蛇がいるだろ?あいつを捕まえられたら褒美をやる」
「蛇?本当だ。冬の蛇なんてすぐ捕まえられるんじゃ?褒美って?」
「うーん、水の妖鉱石、中サイズ」
「ま、まともだ!風沙梨のためにもこれはやるっきゃない!」

 天狗は耳をぴんと立ててやる気を示す。寒さで折りたたんでいた翼を広げ、準備運動がてらばさばさと羽ばたく。

「ただし、十分以内に捕まえられなければ、野老屋の森を海に沈める。もう辞退はできないからな」
「やめたい!お願いします!代償が大きすぎる!」
「駄目だ。嫌なら今すぐ沈める」

 青ざめる天狗同様、刃の蛇もどうしようと焦っているようだ。蛇越しに刃へ、分かっているよなと笑ってみせる。これは天狗の堕落族の力を引き出すための試練。能力を発動させられるよう、絶対に捕まってはいけないのだ。刃が指揮しているのであれば、ただの蛇でも足掻けるだろう。海で驚いているであろう刃を思い浮かべると、笑いが込み上げてくる。

「さあ、十分だぞ!始め!!」
「こ、こうなったら何が何でも捕まえるしか!速さには自信あるんだから!」

 天狗は地面を蹴ると、一直線に蛇のところまで接近する。蛇も素早く身をくねらせ、枝の密集した木の上へと逃げる。風で枝を揺らしたり切り落としたりして、蛇を空中に投げ出そうとする天狗。蛇はすばしっこく別の枝、別の木に飛び移って天狗の手の届かない場所に身を潜める。そんな攻防がしばらく続いた。

「意外と地味だな。もっと激しく暴れてくれたら見ごたえもあるのに」

 古句莉は地上から天狗と蛇を見上げる。両者なかなかに慎重だ。天狗は蛇が身動きを取れない空中で捕えたいようで、地上に逃がさないように気をつけている。蛇の方は刃の指示か、天狗の攻撃を見事に見切っている。

「どうして冬場の蛇がこんなに動けるの……」

 天狗がこのままでは捕まえられないと、攻撃の手を止める。天狗が策を考えてる今が堕落族の力を開放させるにはいいタイミングだろう。蛇に視線を送ると、逃げに徹していた蛇が攻撃態勢を取った。簡単で威力も大したことのない術だが、蛇は天狗に向かって水エネルギーの塊をいくつも発射する。

「こんなの当たるわけ……げっ」

 天狗は軽々と攻撃をかわしていたが、途中から水弾が天狗の側で弾け始めた。水しぶきとなった水弾は天狗の身体を濡らし、冬の寒さが天狗の動きを鈍らせる。

「おーい、残り五分切ったぞー」
「も、森がぁ……」

 森が海に沈むというプレッシャーが天狗を追い詰める。さあ、力を見せろと古句莉は内心でにやりと笑う。蛇も畳みかけるとばかりに地上に滑り降り、枯れ葉や茂みの隙間に身を隠す。 
 確かに隠れたはずだったが、いつのまにか蛇は宙に舞っており、天狗の手で頭と顎を掴まれていた。

「二対一なんて、卑怯な蛇ですこと」

 紫の着物を着た短い黒髪の天狗が掴んだ蛇と古句莉を交互に見て、どうもと会釈する。狐の天狗より圧倒的に強い妖力を持っているようで、特殊な力を使って刃の蛇を捕らえたようだ。

「リン様!」
「ちっ、邪魔しやがって」

 リンと呼ばれた天狗に獣天狗が駆け寄り、助かったと事情を話している。
「そう、危なかったわね。たまたまここに来てよかったわ」
「さすがリン様!救世主!ところで二対一って?」
「ん~?そんなこと言ったかしら」

 リンがちらりと古句莉を見る。見透かしたような瞳と笑み、気に入らない。

「獣天狗が捕まえなかったから無効だ。報酬はなしな」
「森が沈まないなら何でもいいよ……」
「あーあー、つまらん」

 古句莉の苛立ちがオーラとなって身体から溢れ出す。獣天狗がまずいと顔を引きつらせるが、リンは先ほどと変わらない余裕そうな笑みを浮かべている。

「鈴葉、食べ物のゴミ捨ててきたら?」
「あ!そういえばずっと持ってた!」

 獣天狗は焼き鳥が乗っていたぐしゃぐしゃにした紙皿を取り出し、捨ててくると森の奥へ飛んで行った。古句莉は何も言わずに見過ごす。
 古句莉とリンが睨み合う形になる。

「あいつを逃がしてどうするつもりだ?死に際は見られたくないタイプか?」
「そりゃ見られたくないですわね」
「ははは、安心しろよ。跡形もなく消してやるからよ。私の目の前に現れるなんて来世ではやめておけよ」

 古句莉が命を狩り取ろうと薙刀を顕現させるが、やはりリンは動じない。こちらを警戒する様子も、妖力を集める素振りもしない。

「海神様、あなたは私を殺せませんよ」

 リンは扇で口元を隠してにこりと笑う。敵意のない自信に満ちた声だ。鋭子みたいでムカつく。

「鈴葉、堕天霊の生まれ変わりに力の扱い方を教えたのは私です。インタビューならお受けしますよ」
「はーん、全部お見通しってわけだ。たかが天狗のくせにやるな、お前」

 古句莉が話せと促し、リンは刃の蛇を逃して鈴葉という天狗の力について話し始めた。リンも鈴葉が堕落族の生まれ変わりであると昔から知っており、少し前に力が目覚める兆候が見られたため、山で力の扱い方と制御を叩き込んだらしい。相当精神が追い込まれるか、堕落族直接の関与がなければ、堕落族の力に飲まれることはないと言う。刃から受けた報告と一致するし、嘘はついていないようだ。

「精神が追い込まれると……どれくらいか曖昧だな」
「あの子はかなりタフなメンタルをしているので、並大抵のことでは動じないと思いますよ。大切な人の命を奪われる、くらいじゃないと」
「確かに。私含め、四柱とやり合ってるしな」

 封印から目覚めてすぐの空跡宮での戦いを思い出す。炎神の稀炎と空神の鋭子に打ち勝った天狗。加護の力や二柱が本調子でなかったというハンデはあったが、そこらの一般妖怪なら創造神に牙を剥かれてまともな精神を保てるはずがない。さらに傷を負い、疲れ果てた状態で古句莉にまで立ち向かってきたのだ。

「あいつの食いついて来るところ、案外気に入ってるぜ」
「それはよかったです。では、あなたの知りたかったことはお伝えしました。『今回はここらで手を引いていただけませんか』」

 リンが言葉に強い念のようなものを含める。最後の一言は言葉に意思が生まれたように、古句莉の思考に深く入り込もうとしてくるように感じた。穏やかな表情だが瞳は真剣で、これ以上関わらないでくれと訴えている。

「ふん、まあ、目的は果たせたか。様子見に来ただけで、急いで始末する気もなかったしな。お前が管理できるのなら、任せるのも手かもな」

 古句莉の言葉を聞き、リンはほっと胸を撫でおろす。古句莉も満足げに目を閉じ、背を向けて伸びをする。獣天狗はまだ帰ってこないが、挨拶する程の仲でもない。堕落族の力を持っている限り、嫌でもいずれまた会うことになるだろう。

「それじゃあ、私は帰るとしよう」




「――とでも言うと思ったか?」

 古句莉は目に見えない程の速さで薙刀をリンの首に突きつけ、足元の雪を操ってリンの膝下を氷で覆い、地面に縫い付ける。幻夢界の水に関するもの全てを操る古句莉には、雪や空気中の水分を操るのは簡単なことだ。氷は徐々に上へと侵略していき、両手も巻き込んで腰辺りまで身体を覆った。

「そう簡単にいくわけないですよねぇ」

 リンはキッと古句莉を睨み、自嘲して呟く。
 古句莉は薙刀を引っ込めて己の肩に担ぎ、リンのすぐ目の前まで歩み寄る。

「お前が本当のことを言っているのは分かるし、私も最低限の目的は果たした。だが、わざわざこの海神が足を運んだんだぞ?実際に見て試すまでしなければ、割に合わないだろう。なによりつまらんしな」

 楽しそうに笑う古句莉に、リンは不満そうに眉を寄せる。

「さっき言ってたな。獣天狗の力、精神を揺るがすには、大切な人の命を奪われるくらいじゃないと、と。お前が殺されそうになっているところを獣天狗が見たら、どんな顔するだろうな?」
「『そんな危険なこと、あの子にしないで!』」
「私直々テストしてやるんだ、寛大な神に感謝しろ。ったく、鬱陶しい口だな。静かにしてろ」

 古句莉に何か影響を与えようとしてくるリンの言葉。言葉で行動を支配するような能力を持っているのだろう。圧倒的妖力を持つ古句莉はその能力を簡単に弾き、リンの口や外気の水分を凍らせていく。口元を氷で覆われたリンは能力を封じられ、四肢も動かせない状態だ。

「り、リン様……!?」

 ちょうど獣天狗こと鈴葉が戻って来た。状況を理解できず、古句莉とリンの顔を交互に見て慌てている。

「なあ、言葉の能力を持つ天狗よ。無意識の加護って知ってるか?対象の無意識を表に出し、理性の制御がない状態で、本能と深層心理のままに行動するんだ。お前みたいに良い子ヅラした力を持つ者が意識の外で行動したらどうなるんだろうな?獣天狗も気になるよな?」

 殺意を剥き出しに、今にも人を殺しそうな笑顔で問いかける古句莉。鈴葉はマフラーを外し、着物の帯に挿していた紅葉の扇を取り出す。

「リン様を開放して」
「嫌だと言ったら?」
「許さない!」

 敵意を示す鈴葉に、思い通りの展開になったと古句莉は目を細める。薙刀を鈴葉に向けると、警戒した鈴葉は翼を広げて宙に浮く。

「面白いぞ獣天狗。この海神を許さないだって?一体私はどうされるんだろうなあ!」

 古句莉が薙刀を振るうと、いくつもの水弾が生成される。先程刃の使いの蛇がした攻撃と同じだ。相手に向けて発射し、近くで爆発させて冬の寒さで動きを鈍らせるつもりだ。蛇よりは大きな弾だが、直接当てるわけではないので威力は抑えてある。
 鈴葉は同じ手はくらわないと、水弾を大きく避けて飛沫を回避しようとする。しかし古句莉の操る水弾は鈴葉を追尾し、上下左右自在に飛び回る。

「くっ!こんな攻撃!」

 鈴葉は空中で止まり、扇を構えて追ってくる水弾に向き直る。水弾は容赦なく鈴葉に接近し、次々に爆散して飛沫を散らしていく。同時に鈴葉は自身中心に渦巻く風を起こし、水飛沫を全て吹き飛ばして濡れるのを防ぐ。

「ふむ、これは合格だな」
「じゃあリン様を――」
「こんなもんで終わるか」

 古句莉はまた水を生成すると、それを氷柱に変える。何十も創り出された氷柱が斉射され、煌めく先端が鈴葉に襲いかかる。
 どうせ逃げても追尾してくるのだろうと、鈴葉は氷柱を迎撃しようと妖力を集中させる。圧縮した風の刃を氷柱に向けて放ち、氷を砕く。しかしそれでも脅威は去らなかった。古句莉が操るのは水に関する全て。砕かれた氷はまだ古句莉の制御下にあり、細かいガラス片のような鋭さを持って鈴葉を追撃する。水飛沫の時のように風を起こすのは間に合わない。袖で顔を覆い、なるべく肌への被害を防ぐ。

「こんな程度も防げないのか?話にならんぞ」

 その後も古句莉は圧倒的な力で制圧するのではなく、簡単そうな術で一歩鈴葉を上回った攻撃を仕掛け、じわじわと鈴葉を弱らせていく。何かもう一手あれば古句莉の上を行けるのではないかと思わせるため。新たに取得した堕落族の力を使えば、と。徐々に攻めの手段を強くすることによって、どれくらいの強さの相手まで自力で対処できるかもついでに調べられる。
 地面から生やした四本の水の触手に鈴葉の相手をさせ、古句莉はリンと話せるくらいの距離まで近づく。

「あいつなかなか自力で頑張ろうとするな。力を使わないように歯止めでもしたのか?」

 当たり前だとリンがじろりと睨む。最初は風の術で氷を削ろうとしていたが、古句莉特製の強固な氷に歯が立たず諦めたようだ。

「お前は賢いだろうから、私があいつを殺す気じゃないことは分かってるだろう。そんな怒るなよ」

 悪名しかない海神が相手だから分かっていても信用できないのだ、とリンは内心呆れる。やれやれと首を横に振るが、古句莉はもうリンから目を逸らしていた。

「そろそろ次に行くかー。しかし、もうテストも飽きてきたなぁ」

 古句莉は鈴葉が苦戦している場所に戻る。巨大な水の触手は切ることも吹き飛ばすこともできず、鞭のようにしなって鈴葉を叩き潰そうとしている。鈴葉は避けるだけで、対抗策を見つけられていない様子だ。

「そろそろ疲れただろう」

 古句莉は攻撃を止め、息を切らして冬場というのに汗をかいている鈴葉にテストは終わりだと告げる。

「本当……?そんなこと言って、ここからが本番ですとか言うんじゃ」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「うわ……」

 絶望した表情になる鈴葉。古句莉は無邪気な満面の笑みで少しの間佇んでいた。鈴葉の息が少し落ち着いてきたのを見計らって、古句莉は笑顔の仮面を捨て、退屈そうな表情を見せる。

「こんな煩わしいやり方、私らしくないよなあ。前回の空跡宮での続きをしようぜ、獣天狗。本気でかかってこい」

 古句莉の全身から殺気が溢れ出す。その威圧感だけで失神する者もいるであろう迫力だ。鈴葉も思わず怯むが、囚われたリンを見て己を奮い立てる。
 手加減されていた攻撃ですらまともに対処できなかったのだ。相手の様子見をしている猶予など鈴葉にはなかった。得意な空中へ舞い、古句莉の全方位から風の刃を発射する。その攻撃は体を液状にした古句莉をすり抜け、木々や地面に当たって消えた。
 まだ攻撃をしてこない古句莉に鈴葉は畳みかける。幻夢界に存在する属性相性。海神古句莉にそんなもの無関係ではあると分かっているが、悪足掻きでためすしかない。一度帰った時に持ってきた妖鉱石を帯から取り出す。水に強い然のエネルギーを持つ妖鉱石だ。
 鈴葉は巨大な竜巻を起こし、それに然の妖鉱石のエネルギーを抽入する。相手の生命力を吸収し、鈴葉を回復させる竜巻が出来上がった。竜巻は真っ直ぐに古句莉へ向かっていく。石や木の枝なども風の胴体に吸い込み、竜巻の脅威は上がっていく。

「そんな風で私をどうにかしようってか。舐めやがって」

 古句莉は竜巻に向かって水を発射する。水も竜巻に吸収され、少し動きは鈍ったが消えることはなかった。一瞬鈴葉の目に希望が灯ったが、それもすぐに凍り付いた。古句莉の水を飲み込んだ竜巻は見る見るうちに渦巻く氷へと変化し、氷に動きを邪魔された風は然のエネルギーもろとも霧散してしまった。
 慌てて次の攻撃を考える鈴葉に、古句莉は溜息を吐く。

「本気でこいと言ったよなあ?」

 古句莉は自身を霧状に変化させ、空気に溶け込む。姿を消した古句莉に警戒し、鈴葉は目と耳で居場所を探ろうとする。しかし古句莉は音もなく鈴葉の背後に現れ、耳元で囁いて居場所を明かす。同時に鈴葉の胴体に薙刀を突き刺した。
 腹を貫き赤く染まった薙刀の刃。鈴葉は痛みに歯を食いしばり、傷口から湧き上がる熱い感覚に息が止まる。思わず目尻に涙がじわりと浮かぶ。理不尽な神の怒りが分からないでいた。
 古句莉は舌打ちをし、傷口を抉るように薙刀を回転させる。鈴葉が苦痛の叫びを上げ、墜落しそうになるのを古句莉が首を掴んで持ち上げる。

「まだ隠しているだろう。切り札を!使え!!」




 腹の痛みで思考が飛び、首を絞められて息ができず視界がちらつく。振り払おうと暴れると突き刺さったままの薙刀に肉を抉られるが、苦痛でじっともしていられない。冷静な判断もできず、ただ本能のままにもがいていた時、こちらを見上げるリンと目が合った。青ざめ、泣きそうな、今まで見たことのない必死の形相で氷から脱出しようとしている。
 ――リン様が悲しんでいる。
 時が止まったかのように鈴葉の思考が加速する。昔からいつもリンは自分のために手を尽くしてくれた。悲しまないように、寂しくないように、楽しく過ごせるように。ただの獣天狗の鈴葉を見下すことなく、友達だと受け入れてくれていた。自分が冤罪で紅葉岳を逃げた後、疑いを晴らしてくれていたのもリンだ。リンに助けてもらってばかり。もしここでリンに助けを求めれば、きっと底力や奥の手を使ってリンは氷の拘束を解くだろう。

「……っく!」

 歯を食いしばり、あやふやになっていた意識を繋ぎ止める。リンがいつも頑張ってくれていたのに、その優しさに甘えるのは嫌だ。古句莉の言う通り、最終手段は残っている。
 妖力も削られ、いつのまにか扇も落としてしまっている現状、古句莉から逃れるには風の術では通用しない。肉体での直接攻撃が有効そうだが、特に体を鍛えていない鈴葉の力では古句莉にダメージを与えられないだろう。接近戦にも遠距離戦にも対応できる力、それが最終手段だった。

 鈴葉はとある力のストッパーを解除する。心の奥が重くなるような、黒い力が湧き出てくる。頭上に黒い棘のついた輪が浮かび、翼の先端が赤く発光する。古句莉の隙を突くためにもすぐに攻撃に移った。両手に妖力を集め、闇の力を纏った巨大な鉤爪を生成する。腕を上から後ろに回し、手のひらを合わせるようにしてそこにあった古句莉の頭を潰す。ぐしゃりと頭蓋骨が砕ける感触がし、首を握る力が少し緩んだ。相手に時間を与えず、薙刀の柄を掴み、古句莉ごと振り回すようにして胴体から刃を引き抜く。さらに薙刀を奪い、古句莉の胴体を上下真っ二つに切り裂く。
 古句莉の動きが止まる。鈴葉は慌てて古句莉から距離を取る。解放した力のおかげで体中に妖力が満ち、腹の傷も塞がっていく。一方、頭を失い、身体も切断された古句莉だが、傷口からは一滴も血が流れていなかった。胴体の方は水と同化していたようで、水滴と水滴が合わさるように簡単に元通りになった。しかし頭の方は骨を砕いた感触があったことからも分かるように、確実にダメージを与えていた。傷口は闇の力に焼かれて塞がり、禍々しい煙を上げている。
「あっ、その、ごめんなさ……」

 流石にやりすぎたかと鈴葉は焦ったが、古句莉は痛そうな素振りも見せず。首の状態を確かめるように両手で触っている。目も口も耳もないため、どうなっているか分からないのだろうか。
 突然鈴葉が奪い取った薙刀が消え、古句莉の右手に収まった。古句莉が薙刀を短く持つと、傷口の焼け跡を削り取るようにして自身の首を切り落とす。そこからは大量の血飛沫が上がったが、数秒して古句莉の頭が再生した。

「おお、戻った戻った」
「ひ、ひぇ……」
「いやぁ、流石堕落族の力だ。全てを滅ぼす闇の力。私の再生すら妨げるとはな」

 凄惨な光景を見て怯える鈴葉に、古句莉はただ感心したようにうんうんと頷いている。

「面白くなってきた。さあ、もっと楽しませてくれよ」
「ま、待って!この力は本当に危険なの!もういいでしょ!?」
「安心しろ。その力で私は殺せない。私の肉体を傷つけられたとして、幻夢界のエネルギーがある限り私は不死身だからな。遠慮なくかかってこい」
「そういう問題じゃないんだけれど……うわっ!」

 手加減していた時とは違う、鋭く早い水弾が鈴葉の頬をかすめる。すぐに傷は治るが、殺意の塊のような妖力にぞっとした。古句莉を満足させなければ終わらない状況はまだ続くようだ。
 鈴葉は強い上昇気流を起こし、地面に落ちてしまった扇を宙に吹き上げる。右の鉤爪を解き、自分の手で扇を掴み取る。闇の力に反応した扇は、黒く染まり邪悪な赤い光を放ち始める。体勢が整った鈴葉は妖力を全身に巡らせ、古句莉の出方を窺う。
 古句莉は先ほどと同じ水弾を無数に作り、容赦なく鈴葉へ向けて発射した。鈴葉も圧縮した風の塊に闇の力も付与し、その風弾を古句莉の攻撃へぶつける。闇の力が古句莉の攻撃を消し去るが、その圧倒的な威力と相打ちになり風弾も消滅する。鈴葉の防御を突破した水弾は、左手に纏った闇の鉤爪で切り裂いて対処する。

「見事だ」

 古句莉はそう言い、超速で鈴葉の目の前まで移動してきた。薙刀を振りかざし、頭を割る軌道で腕を降ろす。それも左手の鉤爪で受け止める。全てを消し去る闇の炎と、絶えず古句莉の妖力が送られて形を保っている刃がぶつかり合い拮抗する。両者の視線が交わり、古句莉は楽しそうに笑って見せた。
 この神は何が目的なのだろう。以前戦った時には使えなかった闇の力を、今回は知っているようだった。ただ戦いたいだけなのか、それとも――。

「考え事とは余裕だな」

 我に返ると、周囲に水弾が生成されていた。気づくと同時にそれらは鈴葉へと襲い来る。咄嗟に風を起こす。自分中心に渦を巻く闇の風が全方向に吹き荒れ、水弾を消し飛ばす。その風は古句莉の体も蝕み、皮膚が瘴気に毒されていく。古句莉は全身を水に変え、肉体という枷を捨てる。胴を斬った時のことを思うと、この状態では痛みやダメージを受けないのだろう。水が蝕まれてもその部分を気体に変えて空気中に逃がし、自身の力で水を生み出せば水の体は消滅しない。
 肉体と水の体を自在に操る古句莉に対抗する方法。古句莉にダメージを与えるには肉体という固形物でなければならない。

「固形……」

 鈴葉は上空と眼下の地上を交互に見る。これなら少しは古句莉の意表を突けるかもしれない。
 鈴葉は古句莉と距離を取り、また闇の風を自分の周囲に発生させる。

「またそれか?私には効かんぞ?」

 古句莉は体を水状にして攻撃に備える。強者ゆえの油断か、堕落族の力以外のことを全く警戒していない。所詮天狗の力では古句莉に危害は与えられないだろうと、余裕そうな笑みが語っている。
 鈴葉は先ほどと同じように、自身を中心にして全方向に乱風を吹かす。もちろん古句莉は軽く攻撃を受け流している。

「つまらんぞ獣天狗!その程度か――ん?」

 古句莉が不満を漏らしかけたが、風の異変に気がつく。鈴葉が古句莉にぶつけていた風はダミーだ。鈴葉の狙いは遥か上空の寒気と、地上に積もった雪だ。上下に風を操り、冷たい空気と雪を風に乗せて古句莉めがけて吹きつける。その風は古句莉の周辺を勢いよく渦巻き、水の体を凍らせていく。そのままでいれば完全に凍り、元の体に戻れば闇の風が古句莉を蝕む。
 古句莉が凍り始めると同時に鈴葉も古句莉へ急接近する。両手に闇の鉤爪を纏い、氷と同化して固体になった古句莉をクロスするように切り裂く。古句莉の体はバラバラに砕け、大地へ落下していった。

「はあ……はあ……。上手く行った。もう解放してほしいんだけどな」

 鈴葉は上空から地上を見下ろして呟く。勝ったとは思えないが、古句莉の予想以上の動きはできただろう。
 少しの静寂。堕落族の力を使っている間は心がざわざわして不快だ。力を解除したいが、まだ古句莉がやる気だったらと思うと警戒せざるを得ない。

「ふふふ、あははははははは!やるじゃないか!」

 地上から古句莉の笑い声が聞こえてくる。目を凝らすと、古句莉は氷を水に変えて散らばった体を一つにし、元の肉体へと戻って立っていた。やはり傷一つない。

「あのー、これ以上は何もでません!もう終わりましょう!」

 上空から叫ぶが、古句莉は楽しそうに笑っていて、こちらの声は聞こえていなさそうだ。

「面白い、面白いぞ!ここまで私に食らいついて来るやつはいつぶりだか!やはりお前に目をつけてよかった!もっと、もっと私を楽しませてくれ!」

 古句莉から邪悪な妖力が溢れる。今までの殺気はまだまだ手加減だったと思い知らされるような、本能が震えあがるような得体のしれない恐怖が鈴葉を襲う。

「へ、変なスイッチ入っちゃった……。これは本当にまずいのでは」

 バキンと何かが割れる音がした。視界に古句莉を入れながら音の方を見ると、リンが氷の拘束を破ってこちらへ飛んで来た。

「リン様!どうやって?」
「あなたの風で氷を脆くしたの」
「え!?大丈夫ですか?あの風は……」
「何ともないわ。私だって天狗だもの。言霊を使わなくても少しくらい風を操れる。それよりも」

 リンは真剣な表情で古句莉を見下ろす。

「話が違うわ。私たちを殺す気はなかったくせに、完全に目的を見失っている。海神は楽しいから命を奪うって話、私たちに降りかかってくるとはね」
「ぅえ?リン様殺されかけてたの演技……?後で詳しく聞かせてもらいますからね!」

 鈴葉は鉤爪を構え、リンは扇子を取り出して古句莉に警戒する。
 古句莉は周辺に積もっている雪を操り、ごっそりと空中に浮かせる。それらを全て氷柱に変え、上空に向かって発射した。今までとは桁違いの攻撃、鋭く重い氷柱は風で軌道を変えられない。

「『熱風よ、氷を溶かせ』」

 リンが扇子で風を起こすと、その風は言霊によって灼熱の風へと変化する。二人に到達するまでに氷柱はほとんど溶けてしまった。しかし相手は海神。残った水で何をしてくるか分からない。リンに当たらないように気をつけ、鈴葉が闇の風を起こして氷柱の残骸を消し去る。

「くっ、やられたわね」

 氷柱に気を取られている間に、古句莉の姿は消えていた。リンが鈴葉と背中合わせになり、周囲を見回す。

「鈴葉、あの風を周辺広めに吹かせられる?」
「任せてください!」

 鈴葉は言われた通り、自分たちを覆うように、闇の風が吹き荒れる地帯を作り出す。古句莉は体を霧状に変えて近くにいるのだろう。

「『闇の風の効力よ、上がれ』」

 リンが唱えると、鈴葉が何もせずとも風の力――堕落族の消し去る力が威力を高める。水の塊ではなく、霧という細かな水になっている状態の古句莉は、強化された闇の汚染に浄化が間に合わない。古句莉は肉体に戻り、周囲に水のシールドを張って対応する。

「間接的に堕落族の力使うとか反則だろ」
「リン様がチートすぎる」
「あなたたちみたいなぶっ壊れに言われたくないわ」

 改めて古句莉と向かい合う。古句莉は闇の風に創り出した水を投入し、高速で水を回転させる。水は闇の力も取り込んで我が物にし、鈴葉とリンを囲む水の檻が出来上がる。

「二人ともまとめて切り刻んでやるよ」

 古句莉はどんどん檻を狭めていく。高速回転する水壁が二人に迫る。

「り、リン様、どうしよう」
「これは……海神の力になったものは私の言霊でも上書きできない。シールドを張るわ。私の力が尽きる前に、ここから脱出を、うぅっ」

 話しているうちにもリンのシールドに古句莉の攻撃が炸裂する。古句莉の力と、水に混じった闇の力がシールド越しにリンの妖力をものすごい勢いで消費していく。鈴葉はリンを抱え、渦巻く水の檻を突破しようとするが、渦の中心部にいるせいでその場から動くことすらできない。リンの息遣いが乱れ、顔色が悪くなっていく。

「このままじゃリン様が死んじゃう!もうやめて!!」

 鈴葉が必死に古句莉に呼びかけるが、頼みを聞いてくれる素振りはない。にたりと笑い、恐怖と絶望を堪能するように行く末を見守っている。
 鈴葉が闇の力で水を消そうにも、間に合わない程の水を注がれるだけだろう。闇の力も水に飲まれて利用されてしまう。リンが手出しできない力に、もともとの風の術で対抗できるはずもない。

「無理だ」

 鈴葉はリンを庇うように抱きしめ、現状の突破を諦めた。手詰まりだ。数秒後、リンのシールドが砕け散った。



「そこまで!」

 その声と共に上空の空気ががらりと入れ替わった。闇の風も渦巻く水も一瞬で消え去り、何事もなかったかのように静かな空気が三人の間に広がった。鈴葉は何が起きたのか分からないと周囲を見回し、リンは支えられてかろうじて飛んでいる。
 一瞬驚いた古句莉だったが、すぐに邪魔をした犯人が分かり舌打ちをする。苛ついた視線をそいつのいる方へ向ける。
 虹色の翼を持つ空間の神、鋭子が三人より少し上空に空間の裂け目を作り、そこから出てきていたところだった。同時に鈴葉もそちらを見上げ、助かったと闇の力を解除する。

「おいおい、何の真似だ?興醒めなことしてくれるじゃねえか」

 古句莉は容赦なく鋭子に薙刀を投げ飛ばす。水を纏い、目に見えない程の速さで一直線に鋭子を狙う薙刀だが、彼女に触れる前に空間の裂け目に飲み込まれる。そして古句莉の背後から投げたはずの薙刀が帰って来た。胴体に刺さる直前で薙刀を消滅させる。

「水茂様、頭を冷やしてください。あなたの目的は彼女たちを殺すことではないでしょう」
「ああん?殺してねーだろ!」
「殺しかけてたでしょう!」

 海神と空神が睨み合い、火花が散る。鈴葉は二人から漂う殺気にドン引きしながら、二人の視界から逃げるようにそっと地上へ降りて行った。
 戦闘を邪魔されて怒る古句莉と、話が通じずにムキになる鋭子。二人の言い合いは激しさを増していき、殺し合いのような戦闘にまで発展していく。
 古句莉が鋭子の血液を操り、腕や胴、果ては頭まで爆発させる。すると再生した鋭子が仕返しだとばかりに、空間を捻じって古句莉の体をぐちゃぐちゃに歪ませて潰す。



「リン様、私たち、あれでも手加減されてたんですね……」
「それでも手加減の加減間違えてるのよ、あの邪神は」

 鈴葉とリンはぐったりしながら上空を見上げ、凄惨な戦いに顔をしかめる。

「本当、よく生きていたな。さすが、堕落族の力だ」

 新手の声に鈴葉は振り返る。黒い巫女服を着た長身の女性。蛇のように鋭い目つきをしているが敵意はなく、二人と同じように上空を見上げて呆れたように息を吐く。

「確か、海神の手下の」
「式神、弥陀ノ刃だ。水茂様の命で空神のところへ行き、嫌な予感がして空神と共に水茂様の行動を観察していたのだが、放っておかなくて正解だったな。あれを一人で地上に放ってはいけない」

 刃はこれまでの経緯を話す。四柱が目覚めた時の、空跡宮での戦闘で鈴葉が目をつけられていたこと。鈴葉の力の正体を確信し、古句莉がテストしに来たことなど。

「あなたが蛇を使って鈴葉をストーカーしてたのね。鈴葉の力の訓練中に山で見かけた蛇と、さっき捕まえた蛇から同じ術者の気配がしたから、海神が暴れてるのも何となく堕落族絡みだと察していたけれど」
「気づかれていたか、大天狗の娘は侮れないな」

 リンと刃の会話に、鈴葉は居心地が悪くなる。堕落族の力のことはよく分からないし、大事にはしたくないのだが、創造神にまで足を運ばす事態になっている。
 そうしているうちに話がついたのか、二柱が地上へ降りてきた。両者それぞれの武器を刺し合ったまま、顔には笑顔を貼り付けている。


「どうもお待たせしました。とりあえず水茂様の気は収まりましたので安心してください」
「おーい、こちとらまだ収まってないぞー。お前マジで覚えとけよ。空跡宮ぶっ壊してやるからな。って、なんで刃がここにいるんだよ」
「あなたが空神に報告しろと仰ったので」
「はーーー、それで鋭子が来たのかよ。ふざけんな過去の私」

 古句莉は萎えたと両手足を広げて雪の上に仰向けに倒れた。鋭子がこほんと咳払いし、鈴葉に向き直る。

「刃さんから聞いたと思いますが、あなたの堕落族の力をチェックさせていただきました。力に飲まれたり、堕天霊の意識がちらつくようでしたら、正直あのまま水茂様に殺させるところでした。しかし、狂暴化した水茂様を相手にしてもあなたは心を強く真っ直ぐに持ち、困難に向き合いました。今後その力を使うことがあっても、暴走に陥ることはないでしょう」

 鋭子はにこりと笑う。

「合格ということだな」

 あまり分かっていなさそうな鈴葉に、刃がそう告げる。リンもほっと胸を撫でおろし、疲れたのか言霊で椅子を出すこともなくその場に座り込んだ。

「と、とりあえずもう襲われないんだよね?もう解放してもらえたんだよね?あ、あははは……今日は厄日」

 鈴葉もリンの隣にぶっ倒れた。



「では、私はこの辺で失礼します。ご迷惑をおかけしました」

 鈴葉とリンが少し休んでいる間、世間話をしていた鋭子だが、キリのいいところで別れを告げる。住居に帰るための空間の裂け目を作り、そこへ片足を突っ込む。

「おい、海底神社にも送ってけ」
「嫌です。自分で帰りなさい」

 まだ不貞腐れて寝ころんでいた古句莉に、鋭子はぴしゃりと拒絶を投げる。古句莉が薙刀を鋭子に投げたが、空間の裂け目が閉じ、薙刀は森の奥へと消えていった。

「さあ、我々も帰りますよ」
「めんどくせー。おい天狗、今度地上の美味いもんでも食わせろ。また来るぞ」
「来ないでください……」

 刃に引きずられるようにして古句莉は海の方へ帰って行った。
 やっと訪れた平和に鈴葉とリンは感謝を捧げたのであった。この後、様子を見に来た風沙梨がボロボロの二人を見てパニックになったのだとか。


――――――


 「なぜ二人を殺そうとしたのですか」

 海底神社に戻る途中、海の中を進みながら刃が問いかけてきた。古句莉は不機嫌そうに顔をしかめた。

「殺すつもりはなかったと言ってるだろう。ちょっと楽しくなっただけだ」
「これだからあなたは……」
「それに」

 古句莉はそう言って少し言葉を切る。何か考えている様子の古句莉に、刃が不思議そうに目線を移す。

「あの力に毒されたというか、なんだろうな。負の感情が美味すぎたんだよな。堕天霊の力を持ったやつが、私に恐怖と絶望の感情を送って来るんだぜ?もっと食いたくなって止められなかったみたいな」
「命食らいの旧型妖怪みたいなことを……」
「あれはただの負の感情じゃないんだって」

 邪神だ災厄だと呟いて呆れている刃に、古句莉は軽く蹴りを入れる。刃は怒りを滲ませた顔をしたが、何か言おうとした古句莉に大人しく耳を傾ける。

「悪を増大させるような力もあるかもな、あいつ。普通の時はただの絶望や恐怖の味だったが、堕落族の力を纏ってから、負の感情の質が上がったんだ。本物の堕落族にでも食われたらどうなるか」
「そうですか……。堕落族ともいつか接触するでしょう。空神は大丈夫と言っていましたが、本当にいいのでしょうか」
「まあ、私が死ぬ間際の光景を見せてやったし、大丈夫だろ。そう簡単に絶望しないさ」

 真剣そうに話していたかと思えば、古句莉は急に適当なトーンになる。堕落族が強大になろうとも、四柱が本気を出せば勝てると慢心している。つい最近まで原因不明の封印状態という、隙だらけの四柱であったが。

「今度は美味いもの寄越さないと戦うって言ってあいつと遊ぼっと」

 古句莉はけろっと上機嫌になって、海底神社がある深海へ潜って行った。鈴葉を生かすか殺すかで、四柱含む幻夢界の運命が変わるとも知らずに。