ハニビータウン。聖都から貿易街道を通り東に行くと見えてくる街。ハチミツを使った料理やスイーツが有名で、グルメなスポットとして人気な場所だ。冬にはハニーカーニバルという大きなグルメイベントが開かれ、各地から料理人や、食を求める者が集まってくる。
まだハニーカーニバルの時期ではないが、貿易街道は商人や道行く人々で賑わっていた。
「美味しそうなものがいっぱいだね~!」
青い着物を着た金髪の少女、獣天狗の紅河鈴葉が辺りを見回して楽しそうにはしゃぐ。道の両端には、旅人や観光客向けに、ずらりと露店が並んでいる。屋台の料理の匂いが、鈴葉の鼻口をくすぐる。
「今日はダメですよ。せっかくハニビータウンに向かうんですから。それまでにお腹いっぱいになっては、何しにきたかわかりませんからね」
鈴葉に釘を刺すのは、隣にいる背の低い黒髪の少女、木霊の美来風沙梨だ。幼い見た目ながらしっかりしていて、まるで鈴葉の保護者のようだった。
「大丈夫、大丈夫」
鈴葉は安心してと風沙梨に向かって笑う。本当に分かっているのかと、呆れた目を向けた風沙梨だったが、鈴葉の次の言葉で頭を抱えた。
「今日はいくらでも食べれる気がするから!」
「師匠……そういう問題じゃなくて」
この獣天狗は食欲の化身だ。鈴葉と出会ってしばらくになるが、彼女が満腹になった姿を風沙梨は見たことがない。その身体に収まるとは思えない量を、いとも容易く平らげる。その後ですらけろっとした顔でおかわりを頼む程だ。
「風沙梨、みてみて」
鈴葉は足を止め、とある屋台を凝視していた。風沙梨はなんだと振り返る。どうやら飴を取り扱っているようだ。果物を飴で固めたものや、動物を模ったような綺麗な飴が、串に刺して並べられている。
店主は鈴葉たちが見ていると気づき、手招きをする。そして二本の棒を取り出す。先端には水飴がくっついている。
興味深げに鈴葉が近づき、風沙梨も後に続く。店主は器用に水飴を操り、何か造形物を作っている。飴を伸ばし、うねらせ、尖らせ……どんどんとそれは出来上がっていく。
「わぁ!狐だ!」
「特別にお嬢さんにプレゼントだよ。あんなキラキラした目で見られちゃ、サービスしたくなっちゃうよ」
店主は狐の形をした飴を鈴葉に渡す。先程まで自在に形を変えていた飴が、もう固まっている。
「ありがとう!」
鈴葉は透明な飴を持ち上げ、じっくりと見まわした。空の色を透かし、太陽光で煌めく飴は宝石のようだった。鈴葉はすごいとはしゃぎながら楽しそうにしている。
「すみません。これで足りますか?」
風沙梨は小さな妖鉱石をいくつか店主に差し出す。店主は少し驚き、いいよと笑いながら受け取りを拒んだ。
「サービスって言っただろ、お代はいらないよ」
「でも……」
「ほら、集客効果もあったみたいだし」
風沙梨はどういうことかと首を傾げたが、隣の鈴葉を見てぎょっとした。はしゃいでいた鈴葉に好奇の視線が集まっており、その中でも近くにいた人に、鈴葉が飴を見せつけて自慢している。
これはまずい、早くこの場を去らないと。
「いえ!これは受け取ってください!ありがとうございました!!」
風沙梨は無理やり妖鉱石を店主に押し付ける。店主も仕方なく受け取り、だったらと一枚のチラシを風沙梨に渡す。
「ハニビータウンでオススメの店さ。観光に行くならのぞいてごらん。食べなきゃ損する隠れ名店だよ」
風沙梨は礼を言い、鈴葉の腕を引いて逃げるように進んだ。
あのままではいつものアレが始まってしまう。一つ食べ物を持たされると、次から次へとなぜか食べ物を持たされる鈴葉。みんな鈴葉に優しく食べ物をくれているだけなのだが、真面目な風沙梨はタダではもらえないと、店一つ一つに代金を払う羽目になる。
今回はハニビータウンで食べ歩きが目的なのだから、ここで所持金を尽かす訳には行かなかった。
先程の店が見えなくなった辺りで、風沙梨は安堵のため息を吐く。隣の鈴葉はというと、もらった飴の狐の顔部分を咥えて堪能している。
可愛くて食べれない、とは無縁そうだった。それもそうか、食欲の化け物なのだから、と風沙梨はもう一度ため息を吐いた。
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匿名R (火曜日, 12 12月 2023 02:41)
すごく丁寧な描き方でわかりやすかった。
特にキャラクターの表情は文字だけでは伝わり難いものですが…それがちゃんとわかりやすく記載されてました。
鈴葉さんが子どものようにはしゃいでた部分や風沙梨さんが鈴葉さんのお母さん枠みたいになって見てて苦労人なんだと感じました。
読んでて楽しかったです。
幻夢界観測所 (木曜日, 14 12月 2023 05:58)
匿名Rさん、コメントありがとうございます!
セリフ、状況、どれくらい書くべきかの基準が難しかったので、表情など伝わっていたようで安心しました。
風沙梨は保護者枠、鈴葉は大きい子供^^