「ふぁ~……」
ネルは欠伸をし、突きつけられている短剣を見る。そして男に捕まれた腕にも目をやる。
「おいガキ、動くんじゃねえ。痛い目見たいか?」
「……誰?」
男の脅しに全く怯まず、ネルは首を回して男の顔を見ようとする。ネルの肝の座った態度に、男はイラついて低く唸る。
男はネルを掴んでいる方の腕を高く持ち上げ、背の低いネルの足を地上から引きはがす。
「天狗、道を開けろ」
男の要求に、鈴葉は溜息を吐く。そのまま動かず、バカを見るような目で男を見るだけだった。
「舐めやがって。こっちは冗談言ってるんじゃねぇぞ!」
男は短剣を振りかぶり、ネルの喉元に突き刺した。突き刺そうとした。短剣はガキンッと音を立て、見えない壁に阻まれて、ネルの喉元で静止している。
「ああん?なんだぁ?」
「……あ、狐の天狗さんだ」
何が起こったか分からない男と、短剣などに目をくれず、鈴葉の存在に気付くネル。鈴葉がどうもと頭を軽く下げる。ネルは邪魔だと、男に掴まれている腕を振り払う。すると衝撃波が起こり、男はゴミの山に吹っ飛ばされた。鈴葉の元にも膨大なエネルギーの波動が風になって押し寄せる。
「どーも、久しぶり」
「こんにちは……ネルちゃん、さま」
「様じゃなくていい」
「はい」
ネルは欠伸をしながら伸びをする。男は放ったらかされたままだ。
「ところでネルちゃんは、どうしてゴミ捨て場にいたの?」
「んー……眠くなっちゃって、あそこなら人に見つかりにくそうだったから。寝てた」
「やっぱりこの子よくわかんない」
二人が話している間に、ゴミ袋に埋もれて呆然としていた男は我に返り、がさがさと起き上がり始めた。鈴葉がそれに気づき、本来の目的を思い出す。
「そうだ、あいつからお金取り返さないと」
「泥棒?」
「そう!泥棒かつ、ネルちゃんを酷い目に遭わせようとした悪いやつ!」
鈴葉は男の方に数歩進み、扇に妖力を集めて威圧する。男は顔を真っ赤にして牙を剥き出し、怒りをあらわにして、ずしりずしりと鈴葉の方へ歩みを進める。
ネルがぼんやりと眺める中、両者いつでも攻撃できる体勢になる。二人の距離が縮まり、ぶつかる視線が火花を散らす――。
「はいはーい、そこまで。お前、止まれー」
声と共に、上空から何者かが飛び降りてきた。二人の間に降り立ち、鈴葉に向かって歩いていた男に三叉槍を向ける。
少し遅れて、もう一人が男の背後に降りてきた。遅れてきた方の少女が腕組をして、男に語り掛ける。
「お前が窃盗を繰り返していた獣人だな]
男は二人の少女に挟み撃ちにされた。ハニビータウンを守る金蜂の兵士だ。男はまずいとたじろぐ。前方には武器を持った金蜂、後方の金蜂は武器を持っていないが、行き止まりのゴミ捨て場があるのみ。
「証拠はないだろ!俺は何もしてねぇ!」
「さっき木霊の子から、ひったくりに遭ったと通報があってね。彼女の服に付いた毛を頼りに、甘風の能力でここまで来たんだ」
甘風と呼ばれた槍を持った少女がうんと頷く。
「私の能力は相手の居場所を探知することができます。この毛はあなたに反応してます」
「そ、そんなの証拠とは言えないだろう!適当なこと言いやがって!」
「そうだな。まあ、飛行する獣天狗と、妖弾を撃つ獣人を追ってここまで来たんだ。窃盗以外でも、お前は違反を起こしている。目撃者大勢と、連日ひったくりに遭っている被害者も呼んで、ゆっくり話し合おうじゃないか。拘置所で」
腕組した金蜂がそう言い、甘風に合図を出す。甘風はどこからか鎖を取り出すと、それを男の身体に巻き付け始めた。男は抵抗するが、甘風は全く影響ないとばかりに、無言で作業を続ける。あっという間に男は自由を奪われた。
これで一安心。少し離れたところで見ていた鈴葉はほっと胸を撫でおろした。
「さて、次はそこの獣天狗だな。木霊から事情は聞いているが……」
「え」
指示を出していた金蜂の視線が鈴葉を捉える。
「街での飛行と攻撃術も使ったな。まあ、被害は出していないが、違反は違反だ」
「うっ……そうするしかなくて……!」
事情を話せば何とかなると思っていたが、この金蜂は相当真面目そうだ。捕まるのは嫌だが、説得の言葉が出てこない。鈴葉は耳をぺたりと寝かし、情けなくしょげた姿で、話し合っている金蜂達を眺めることしかできなかった。
その間、拘束された男は、唯一自由な足で逃走を試みたが、甘風が握った鎖が音を立て、男の身体がますますきつく締められるだけだった。
「ねえ花蜜。この子は捕まえる程ではないかもです」
「……たしかに」
甘風と花蜜の会話の流れに、鈴葉は期待の眼差しを向ける。もう少し会話が続き、ほどなくして話がまとまったようだ。
「罰金で」
花蜜は鈴葉にそう言う。お金は全部風沙梨に預けており、そのお金がこの男に盗まれた。盗まれたお金を返してもらわないと、鈴葉は一文無し状態だ。
「あの、この人に盗られたからお金がなくて」
「これですかね」
甘風が鎖を引き寄せ、男が腰につけていた袋を取り上げた。
「それ!」
「なるほど。獣人さん、これは盗んだものですか?」
「俺のだ!」
「本当ですか?」
「ほんと、う、!?い、いででででで!!!」
居場所を探知する能力を持つ甘風。袋の持ち主から風沙梨を探知したのだろう。嘘をついている男の肩を掴み、本当のことを言えと無言で圧をかける。男の掴まれた肩の骨がぎしぎしと音を立てる。
「い、痛い!やめろっ!!わかったから!ぬ、盗んだやつだ!」
「では持ち主に返しましょう」
甘風は鈴葉に歩み寄り、妖鉱石の入った袋を手渡す。礼を言い、中を確認する。恐らく無事だ。
「どれくらい払えばいいの?」
「違反二つ。中妖鉱石二つだ」
「お……ぉ?」
中妖鉱石。おおよそ手のひらサイズの妖鉱石のことだ。鈴葉や風沙梨では生成できない規模のもので、自然発生も滅多にしないサイズ。小妖鉱石を中妖鉱石と同じ体積分集めても、妖力量は中妖鉱石には及ばない。袋の中身を覗いてみたが、すべて合わせても二つ分の価値にはならなさそうだ。
どうしようと鈴葉が青ざめていると、袖をぐいと引っ張られた。黙っていたネルが鈴葉を見上げている。
「助けてくれようとしたお礼。任せて」
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匿名Yさん (水曜日, 27 12月 2023 22:40)
追加がやっときましたね。
ネル様趣味は寝床探しなんでしょうか?
ネル様の無意識の圧を感じる文章でした。
ハニビーの兵士さんもちゃんとしてて偉すぎる。
罰金…高いなぁ…
ネル様…まさか…!?
お代はこれで…という展開があるのでしょうか!?
ワクワクしながらまた更新待ってます
幻夢界観測所 (水曜日, 27 12月 2023 22:57)
匿名Yさん、コメントありがとうございます!
ネルも気まぐれな神の1人…眠いので寝ましたzzz
エスシ地方では珍しく大きい街なので、そこそこルールもちゃんとしてます。罰金は人間界でいうと10万くらいです…。
匿名Y (水曜日, 27 12月 2023 23:20)
ご返答ありがとうございます
ひぇ…10ま…
ハニビータウンの規制破りたくないですね。
恐ろしや…