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ハニビータウン7

「ここですね」

 細く複雑な路地を進んだ先に、ハチミツタイムの看板を見つける。表通りから見えず、あまり人通りも多くない場所にひっそりと建っていた。店の前にはメニューの書かれた看板や植木鉢が飾られており、おしゃれな雰囲気になっている。

「知る人ぞ知るって感じだね」
「露店の方も隠れ名店って言ってましたからね」

 風沙梨はもう一度チラシと店の看板を見比べると、入りましょうと言って店のドアを開けた。
 カランカランとドアについているベルが鳴る。店内は暗めの茶色い木材と、白い壁紙の落ち着いた雰囲気だった。広さはそこまでなく、全部で十席あるかないかといった感じだ。店内に他の客はいない。

「いらっしゃいませ。三名様ですね。お好きな席へどうぞ」

 愛想の良い、三角巾を付けた年配の女店主が店の入り口までやってきて、綺麗にお辞儀をする。鈴葉たちも軽く会釈をして、端の四人掛けの席に座る。鈴葉とネルが隣に座り、ネルの向かいに風沙梨が座る。すぐに店主が人数分の水と手拭きを持ってきてくれた。

「さて、何食べる?」

 鈴葉が早速メニューを広げ、ネルも興味深げに覗き込む。飲み物やケーキ、軽食など、チラシに書かれていたメニューもいくつかある。全てにハチミツを使っているのだとか。

「私は紅茶で」
「ネルはパンケーキ」

 一通りメニューを見た風沙梨とネルが、注文をすんなりと決める。

「ぐぬぬ……どれも捨てがたい」

 鈴葉はメニューに食い入り、ページをペラペラめくってどれにしようか迷っている。
 そんな鈴葉に、ネルが金なら心配ないと、無表情ながらドヤっと親指を立てる。

「たんとお食べ」
「ネルさん、甘やかしてはいけません」
「木霊真面目」

 ネルと風沙梨が軽く言い合う間も、鈴葉は真剣にメニューを見つめていた。そしてようやく決めたと顔を上げた。

「ハンバーガーとワッフルと、ソーダと……」

 ちらっと風沙梨の様子を伺う。風沙梨は難しい顔で腕組みしているが、あと一つだけと頷く。

「ジャンボパフェ」
「ダメです」
「ケチ!じゃあ普通のやつ」

 全員分の注文が決まり、風沙梨が店主を呼ぶ。間違うことなく注文を終え、しばしの待ち時間が訪れる。鈴葉はまたメニューを開き、手書きで書かれた文字や絵を眺める。

「ハチミツオムライスってなんだろうね」
「そ、そんなのあるんですか!?気になりますが手は出せないですね……」

 他にもハチミツとは縁のなさそうな料理名がいくつか書かれている。それを鈴葉が面白そうに指差し、風沙梨が顔をしかめる。ネルは調理場で忙しそうに動く店主をぼーっと見つめていた。
 少しして店主が飲み物を運んできた。花の香りがするハチミツ入りの紅茶と、ハチミツとレモンのソーダだ。

「こちらはサービスです。塩気が欲しい時にどうぞ」

 店主はナッツやスナックが入った器をテーブルに置いて、また調理場へ戻って行った。三人は飲み物を飲みながら、他の注文を待つ。

「それでさー、ネルちゃんがゴミ捨て場で寝てたんだよねー」
「なにやってるんですかネルさん」
「いやぁ、それほどでも」

 詰所で話せなかった詳細を風沙梨に話す鈴葉。ネルが登場してからは風沙梨からツッコミしか入らなかったが、改めて無事に落ち合えて良かったと紅茶を啜りながら言っていた。
 あれこれ話しているうちに、順番に料理やスイーツが運ばれて来た。そして最後に鈴葉のパフェがテーブルに届く。

「いただきまーす!」

 鈴葉が元気よく言い、どれから食べようかと目を輝かせる。迷った末に手に取ったのは、ハンバーガーだった。バンズにレタスとチキンカツが挟まっていて、そこにハチミツのソースがかかっている。がぶりと齧り付き、頷きながら味わう。

「カツにハチミツって合うんですか?」
「うん、全然いけるよ!塩気に甘さが良い感じ!今度風沙梨も作ってみてよ」

 鈴葉は気に入ったと、二口、三口と大きく口を開いてバーガーを頬張る。
 隣のネルは自分のパンケーキに夢中なのか、二人には見向きもせずに無言で食べ進めていた。
 その時、店のドアが開き、ベルが新たな来客を知らせる。

「いらっしゃい……って、あんたたちか」

 常連客のようで、店主が親しげに話しかけている。鈴葉は横目にそちらを見る。二人組の金蜂が、店主と話しながら席に着こうとこちらへ歩いてきていた。

「あれ?あの二人」
「ん?あ、私が通報した方々」

 鈴葉の言葉で来客を見た風沙梨も少し驚いた表情をする。店にやって来たのはゴミ捨て場で出会った、甘風と花蜜だった。

「おや、花蜜、見てください。先程出会った方々がいますよ」
「本当だ。まさかここでまた会うとは」

 どうもと鈴葉は手を振る。

「先程はありがとうございました。犯人も捕まったみたいで良かったです」

 風沙梨が立ち上がって一礼する。

「こちらは当然のことをしたまでだ。犯人が捕まったのは、君の通報のおかげだ」

 花蜜も頭を下げて謝礼を述べる。その後ろでは、甘風が店主から直接ケーキを受け取っていた。そして鈴葉たちの隣の席へ座る。少し遅れてコーヒーを持った花蜜もやってくる。
「今は休憩中なの?」

 ハンバーガーを食べ終え、ワッフルに取り掛かり始めた鈴葉が、二人に興味を持つ。

「そうなんです。実はここの店主、私たちの先輩金蜂で、ちょっとお安くしてくれるのでよく来るんですよ〜」
「余計なことまで言うな」

 マイペースに話す甘風に、花蜜がおいっとたしなめる。
 その後も雑談を交えながら、テーブルの上の食べ物を平らげていく。鈴葉と甘風は、ナッツの皿に手を付けることなく、ぺろりと甘いスイーツを口に放り込んでいく。風沙梨と花蜜が飲み物を飲みながらナッツを摘まんで、二人の食欲に呆れ混じりの笑顔を浮かべる。ネルはパンケーキを食べ終え、欠伸をしてリラックスモードだ。
 三十分程して、テーブルの上の食べ物もそろそろなくなりかけた。ハニビータウンのことを聞いたり、野老屋方面の話をしたりと、会話は盛り上がったが、花蜜が時間を確認する。

「おっと、そろそろ休憩時間が終わる」
「え~~~ちょっとくらいさぼってもバレませんよ」
「金蜂女王に言いつける」

 花蜜は立ち上がり、甘風の腕を掴んで無理矢理席を離れさせる。

「では我々はこのへんで失礼するよ。また会えるといいな」
「うう~、働きたくない……お三方、またね~」

 鈴葉たちもまたねと手を振り、引きずられる甘風を苦笑いで見送った。

「私たちもそろそろ行きましょうか」
「そうだね」

 鈴葉は隣で虚空を見つめているネルをつつき、土産の荷物を持って席を立つ。ネルがパンケーキ代の妖鉱石を風沙梨に渡し、風沙梨がまとめて会計を済ます。今回はある程度計算していたようで、青い顔はしていなかった。

「美味しかったです。ありがとうございました」
「またおこしくださいませ~」

 店主に見送られ、三人はハチミツタイムを後にした。話題になるような有名店ではなかったが、静かで料理も美味しく、鈴葉は非常に満足していた。

「そういえば、ネルちゃんはこれからどうするの?」

 誰が言うでもなく広場に戻る道を歩きながら、鈴葉はネルに問う。

「んー、本格的に昼寝しようかな」
「ちゃんと宿行くんだよ!」

 はいはいとネルが頷く。本当に分かっているのかと呆れながらも、ネルの実力なら大丈夫だろうと思う鈴葉だった。

「帰りのことと予算を考えると、私たちもそろそろ帰る頃ですし、広場で解散ですかね」

 風沙梨も少し寂しそうだ。
 広場までの道は長くなく、別れの時はすぐに訪れた。

「じゃあ、これで」

 広場の噴水の前で立ち止まり、ネルは小さく手を振る。

「ネルちゃんまたねー!」
「お元気で」

 鈴葉と風沙梨も手を振る。ネルは背を向け、慣れているのか迷うことなく一本の道へ向かって行った。

「私たちも行きましょうか」
「うん」

 まだ昼過ぎではあるが、早めに街を出ることにする。ハニビータウンから野老屋の森まで、一日で行き来するには現実的ではない距離がある。行きと同様に帰りも聖都で一泊し、翌日野老屋の森へ到着予定だ。ちなみに、ハニビータウンから聖都までも、徒歩だと一日かかるため、飛んで帰る。

「もっといろいろ食べたかったな〜」
「散々露店で食べたじゃないですか」
「まだ行ってない場所もいっぱいあるじゃん」

 ハニビータウンの門を出て、貿易街道を歩きながら、鈴葉が推しそうにちらちら振り返る。

「お土産もたくさん買いましたし、しばらくご飯も抜きなので、これを楽しみましょう」
「そうだね、お土産も楽しみ……ん?ご飯抜き?なんの話?」

 さらっと風沙梨が話した言葉に、鈴葉が固まる。風沙梨は何も変なことは言ってないと、表情を変えずに歩き続ける。

「当然じゃないですか。もう聖都での宿代しか残ってませんよ。妖鉱石が集まるまで、お土産とその辺に生えてる草で我慢してください」
「……」

 別に多少食べなくても死にはしない。しかし、食を楽しみにしている鈴葉にとって、食事抜きは大ダメージであった。

「帰ったら、毎日妖鉱石生成します……」
「助かります。死なない程度にお願いしますね」

 ハニビータウンでの思い出が一際輝かしいものとなったのだった。

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コメント: 2
  • #1

    匿名U (水曜日, 17 1月 2024 01:35)

    最終回お疲れ様でした。
    今回は最終回だけあって
    長文だったような感じします。(歓喜)
    周囲の説明やキャラクターの動きなどがとてもわかりやすくとても楽しめました。
    ハチミツが主食になるほどのハチミツ率。読んでてめちゃくちゃ口の中が甘く感じました。
    様々な料理の中でハチミツが全て使用されているのであれば歯磨きは間違えなく必須ですねw
    店員に関心が行きました。
    甘いものだけではと言うその気遣いの姿勢。私は大好きですね。
    流石です。
    あとあと!
    甘風さんが…目を!
    ひらいてらっしゃるの!可愛いかった�登場した際には糸目でしたのでギャップが可愛いです。
    立ち絵も以前出していましたがその時は甘風さんは目を開いていましたけど
    そちらも可愛かったです。
    花蜜さんとのいいコンビ見ていて和みました。
    そしてそして!
    ネルの表情よ!
    パンケーキを食べるときでもポーカーフェイス!解釈一致です(⁠◡⁠ ⁠ω⁠ ⁠◡⁠)
    鈴葉のアホ毛が無かったw
    鈴葉の口の紐を結ぶ役目という大事な風沙梨ちゃんは苦労人というのがよく分かる話でもありました。
    いやぁ盛りだくさん!
    お疲れ様でした!
    この話はここで終わりでしょうが。
    幻夢界は永遠。
    可能性世界線は無限大
    終わり無き物語はまだまだ続いていることでしょう。
    我々ファン一同は楽しみに待っています!
    次回作も楽しみにしております。
    お疲れ様でした!!!

  • #2

    幻夢界観測所 (水曜日, 17 1月 2024 13:17)

    匿名Uさん、コメントありがとうございます!
    フライドチキンをバンズに挟んでハチミツかけると美味しいそうです…!ハチミツはいいぞ!
    甘風は獣人男にうんざりな顔をしてました、普段は目開いてます。先行登場した二人もいつか正式に登場するはず…!
    鈴葉のアホ毛はよく消失するので……w
    最後まで読んでいただきありがとうございました!!!次回は新シリーズです!