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異端の鬼3

「そういうのには興味ないの。私は華月桜蘭。小鬼と大鬼のハーフさん、あなたの名前は?」
「……小姫」
「良い名前ね!」

 あまりにも眩しすぎる笑顔。戸惑いで顔を背けてしまう。

「おいで。こんな格好で外にいたらダメだよ」
「いいえ、大丈夫です。これが私の仕事なので。それに、サボって中に入ったら、威与様がお怒りになるので」

 小姫は温かい桜蘭の手を振り払う。桜蘭は困った顔をしたが、すぐにはっとして袖から何かを取り出した。

「じゃあ、これあげる」

 押し付けるように桜蘭から紙切れを受け取る。細長いお札で、赤い文字で何か書いてある。

「これは……?」
「身につけていると暖かくなるお札。最近火山の方で白狐が配ってるから、いっぱい貰ってきたんだ。妖力を込めると、起動するんだって。やってみて」

 言われた通りに、少しだけ札に妖力を流してみる。すると札の文字が一瞬光り、札が熱を持ち始めた。

「これを背中とかお腹に貼り付けてたら、全身ぬくもるよ」
「私なんかがこんなもの、良いのですか?」
「良いよ、いっぱいあるし。むしろ、私たちより小姫が持ってる方が良いよ」
「……ありがとうございます」

 小姫は隠すように服の中に札を貼り付ける。不思議なことに札の周りだけでなく、手足の先まで暖かさに包まれる。
 そんな小姫を見て桜蘭は静かに微笑む。

「ねえ、少し話し相手になってくれない?」
「で、ですから、私は仕事がありますので。それに、誰かに見られたらあなたまで叱られてしまいます」
「もう……頑固というか、変に真面目というか。ちょっと待ってて!」

 そう言い残して桜蘭は門を開け、華月家の屋敷に走って入って行った。あんなに悪意のない会話はかつての両親と以来初めてだ。戸惑いと気疲れで溜息を吐く。桜蘭、変わった鬼だ。とはいえ、不思議なお札で寒さも気にならなくなった。桜蘭はどこかへ行ってしまったし、作業を再開しようとスコップを握り直す。

「おまたせ!」
「うっ」

 一分もしないうちに桜蘭が戻って来た。右手には先程持っていた傘のかわりに、大きな桃色の珠が先端についた杖を持っている。

「雪かきする必要がなくなればゆっくりできるんでしょ?」
「そうですけど、まだまだ降りやみそうにないですよ」
「私に任せて!」

 ふふんと胸を張る桜蘭。既に髪や羽織に雪がついてしまっているが。
 小姫が呆れ気味に見守る中、桜蘭は杖を空に掲げる。ねじれたような木の柄、先端の珠は枝が巻き付くような装飾がされていて、枝には桜の花がいくつかついている。桃色の珠にも桜模様が浮かんでいた。
 桜蘭が妖力を集中させ始めた。杖の珠が輝き、あまりにも強力な妖力で強風が吹き荒れて二人の髪がなびく。小姫は何が起きるのかと目を丸くし、口をあんぐりと開けて固まることしかできない。
「桜花千詠、空を晴らし、春をここに」

 桜蘭の言葉の後、杖の珠から眩い光線が空に放たれた。厚い雲に光が吸い込まれたと思いきや、雲全体に光が広がり、夜空が白く光る。そして光が消えると同時に雪雲が霧散し、冬の澄んだ星空と月が顔を覗かせた。次第に雪も収まり、明るい冬の夜が訪れた。

「これでよし!」
「は、はぁ……?」

 訳が分からず、間抜けな声を漏らす小姫。一方、桜蘭は疲れ一つ見えない表情で、満足そうに空を見上げて笑っていた。

「さあ、威与様が来られるまで話そうよ」
「え、あ……」
「ん?」

 小姫はまだ状況が理解できず、桜蘭と夜空を交互に見る。

「今のが気になる?」

 桜蘭が杖を小姫によく見えるようにと近づける。それを見つめながら、小姫はこくこくと頷く。

「これは春を呼ぶ杖、桜花千詠。先端の珠が特殊なもので、周囲のエネルギーを勝手に貯蓄していくの。杖の能力と杖のエネルギーで雪雲を晴らしただけよ」

 桜蘭は簡単そうに言うが、あれは誰にでもできることではないだろう。桜蘭自身の妖力か才能か、何か普通とは違う迫力だった。
 ひとまず小姫は落ち着き、桜蘭も分かってもらえたとほっとしている。

「あっちに座れる場所が――」
「残ってる雪を退けないと……」
「ぐぬぬ、こ、小姫〜!」

 雪は止んでも、積もっている雪がなくなるわけではない。桜蘭を避けるわけではないが、まだ気を抜くわけにはいかない。

「それくらい暇そうな門番にさせるわよ」

 桜蘭は門を開け、門番に櫛田家までの雪かきをするように交渉し始めた。門番は困りながら断っていたが、桜蘭が温かいお札をちらつかせると、それを一枚受け取って外に出てきた。小姫からスコップを取り上げ、櫛田家の方へそそくさと歩いていく。

「こっち来て。大丈夫、私が屋敷に無理矢理連れていくだけだから」

 小姫は桜蘭に手を引かれ、華月家の門をくぐった。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (月曜日, 05 2月 2024 04:25)

    お疲れ様です。
    感想なんですが…
    なんというか…
    桜蘭イケメン過ぎません?
    今から恋が始まる予感すら感じました。
    桜蘭の印象が凄いなんか…ド天然王子様系に感じました。
    御札という名のカイロの気遣い(無意識の優しさ)当人は恐らくそんな寒そうだからとかの気遣いで渡したのたでは無いようにも推測出来るし…しかしながら桜蘭のキャラがますます気になりますね。一方でやっぱり威与を恐れてる小姫ちゃん桜蘭に振り回されてこれはある意味不安そう…。今後がシリアスになるとコメントなどでもお見かけしたので…次の展開が楽しみでありつつも…小姫ちゃんに光りあれと願う自分。ワクワクする。そしてイラスト…あの杖どっかで見たなと感じたら…やっぱりヒコさんが盗んだやつだったんだとはしゃいでいました。

  • #2

    幻夢界観測所 (月曜日, 05 2月 2024 22:24)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    桜蘭、なんて眩しい子……!いつか…いつか紹介される!
    火山で白狐が配ってるカイロ、きっと身体も心もポカポカなのです!
    果たして小姫は救われるのか…結末は堕…と決まってるんですけどね
    ヒコさんまったく……!