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異端の鬼4

 小姫は桜蘭に手を引かれ、華月家の門をくぐった。櫛田家と同じくらい立派な屋敷と、雪の積もった庭。庭の端に屋根のついた長椅子があり、桜蘭はそこへ小姫を連れて行き、座るよう促した。

「寒さは大丈夫だと思うけど、外でごめんね。家の中は大人たちがピリピリしてそうだし」
「いえ、十分です。いろいろありがとうございます」

 小姫はぎこちなく謝礼を述べる。隣に華月家の令嬢が座っているのが落ち着かない。触れてはいけないような気がして、椅子の端に身を寄せてしまう。

「ねえ、小姫のこと聞かせて」

 小姫の勝手な気遣いを構いなしに、桜蘭はずいと近づき、小姫の顔を横から覗き込む。なぜか楽しそうに目を輝かせて。

「聞かせると言われましても……噂通りのことしか」
「噂なんてどうでも良いのよ。ほら、好きなものとか、最近良いことあったとか」

 どうして彼女はここまで自分に興味を持つのだろう。特に悪意を感じられないのが逆に不気味だ。そう思いながらも、桜蘭の質問の回答を探すが、何も思いつかない。

「その……わかりません」
「そうなの?私は桜が好きだよ。最近ね――」

 桜蘭は嬉しそうに語った。楽しかった、綺麗だった、初めて知ったなど。小姫は相槌を打って頷いていたが、聞けば聞くほど桜蘭との住む世界の差を思い知る。彩られた日常を生きている桜蘭の話は小姫の知らない、いや、ほとんど忘れてしまった遠い世界の話で、今の小姫には理解ができなかった。それの何が楽しいのか、どこが綺麗なのか、初めて知ったからどうしたのか。
 百年程前の家族の記憶が薄っすらと呼び起こされる。もう二度と戻らない鮮やかな日々。思い出さない方が楽に過ごせたのに。
 小姫の胸がずきりと痛む。黒い感情が滲み出てくる。顔に出ていたのか、桜蘭が口をつぐんだ。

「……ごめん、喋りすぎたね」
「いえ……」

 桜蘭が気まずそうに目を泳がす。別に桜蘭に対して怒ったり嫌に思ってはいない。楽しそうな鬼や裕福な鬼は里にも、屋敷でも毎日目にする。嫌がらせで見せつけられることだってあった。だから気にしなくて良いと伝えたいのだが、何といえば良いのか分からず口が開かない。
 しばらく沈黙が続く。桜蘭は何か言いたそうにしているが、迷っているようだ。そわそわしてこちらの様子を伺い、口を開けかけては閉じている。

「あの、何か?」
「あ、その……」

 桜蘭は膝の上に置いた拳を固く握り、勇気を出すかのように目を閉じて深呼吸した。そして小姫に向き直る。

「ねえ、小姫はどうしてあんなのに耐えられるの?」
「……?」

 先程とは違い、桜蘭は目を伏せ、声色も低く真剣なものだった。悔しそうに口元を歪め、何かに怒っている様子だ。

「いつも酷い目に遭ってるんでしょ?その……威与様からも」
「ああ、やっぱり知ってたのですね」
「まあね」

 話しかけて来たり、こうして隣に座ったり、自分のことをあまり知らないのか不審がっていたが、しっかりと知った上での行動だったらしい。尚更桜蘭の行動が疑問ではあるが。

「私、おかしいと思うんだよね。混血だから差別したり、小姫にだけ何でもしていいみたいな思考は。小姫は何も悪くないのに」
「……そんなこと言ってはあなたも目の敵にされますよ。私はこれで良いのです。掟破りの生まれてこなければ良かった存在なのですから、命あるだけで幸せなんです」
「そんなの幸せじゃないよ」

 俯いて怒りで声を振るわせる桜蘭。どうして彼女はここまで……。理解できない。
 また沈黙が訪れる。すると玄関の方で動きがあった。話し合いが終わったのだろう。桜蘭もそれに気づいて顔を上げる。

「小姫、私たち、友達だからね!」
「え?」

 両手を掴まれ、まっすぐ見つめられる。ともだち??小姫は聞き慣れない言葉に目を白黒させる。

「また会おうね!絶対だよ!見かけたら声かけるから!……じゃあ、またね!」

 桜蘭は早口にそう言うと小姫に玄関へ向かうように促す。ここでゆっくりしているのを、威与たちに見られない方が良いとの気遣いだろう。いろいろ混乱していて言葉に詰まったが、手を振る桜蘭に頭を下げて玄関に向かった。

 華月家の門番は雪かきを終えていたようで、門前でお札を貼りつけたまま立っていた。小姫は来た時と同じように威与たちの後ろを歩き、華月家を後にした。雪が降っていなかったため、威与から小言を言われることもなく帰路につけた。
 帰り道、小姫はずっと桜蘭の言葉が頭に残っていた。友達。言葉の意味自体は知っているが、具体的に友達とは何なのだろうか。異端児と大鬼の令嬢がそんな関係になるなんて無理だ。周りが許すわけがない。
 断れなかったが、返事もしていない。気にせず奴隷としていつも通り過ごし、今日のことも忘れてしまえば良い。そう分かっていながらも、桜蘭を無下にするようで心が少し痛んだ。
 彼女のことは本当に分からない。自分と別の世界に住んでいて、妬みすら通り越して眩しすぎる存在。小姫の暗闇の隙間から入り込み、光の世界へ連れ去られそうになる。きっとこのまま暗闇にいる方が楽なのに。

 櫛田家の屋敷について、威与から解放されても、ずっと同じ思考に囚われて考え込んでいた。風を凌げる物置小屋に入り、壁にもたれて座る。そして思案を続けるうちにうとうとし、まぶたが閉じた。
 お札はまだ熱を持っており、疲労も溜まっていた小姫を深い眠りへ誘った。凍てついた心も、わずかに溶かし始めた。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (月曜日, 12 2月 2024 00:50)

    お疲れ様です。
    端的に言うと
    うわぁ…です。
    もう…じわぁっ…ときます。
    桜蘭。死ぬんじゃないかな…
    友達だからね。
    また絶対会おうねが不穏すぎる。
    精神的にえぐれる…
    桜蘭はなにか罰を受けそうだな…
    関わってはならない小姫とか変わっていたことを密かに知られてしまい罰を受けるみたいなやつなのか…
    それとも…小姫の小さな期待を裏切るような結果になるのか…。
    小姫自身が期待していないと口にしたとしても心の何処かでかすかに桜蘭との居心地に安堵していたはず(無意識)桜蘭自身の意思ではなく小姫の目の前で裏切るように仕向けられたりするとかなんかな…
    妄想が膨らんで楽しい。
    毎度ながら挿絵のシリアスな雰囲気も表現出来ていてめちゃくちゃよかった。
    次も頑張ってください。
    楽しみにしてます。

  • #2

    幻夢界観測所 (日曜日, 18 2月 2024 22:39)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    桜蘭のセリフは死亡フラグ…!?小姫と仲良くすることを、周りは良いように思わないでしょうね…。
    きっと子姫にとって初めての出来事ばかりで、何か変化のきっかけになる、かも。
    陰影なしの挿絵でシリアス感伝わって嬉しいです!