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異端の鬼5

 小姫が玄関の方へ小走りに向かうのを、椅子に座ったまま桜蘭は見送る。すぐに出てきた櫛田家の鬼に連れられ、小姫は華月家を後にした。
 桜蘭ははぁと溜息を吐く。元々小姫のことは気になっていた。差別され、暴力や過労の仕打ちを受けていた哀れな鬼がいると知り、どんな醜い姿をしているのか、好奇心を抱いていた。少し前に小姫の姿を目撃し、いたって普通の少女であると知り驚いた。ただツノの形が違うだけ。鬼の里に古くから根付く掟があるのだろうが、桜蘭には小姫を酷く扱う大人や、言いなりになっている若者が理解できなかった。
 そしてタイミング良く、小姫が自宅に現れた。彼女を救う、少し手助けできるだけでも良い。何か力になりたいと接触を試みた。御三家の娘同士、本来は対等な関係になれるはず。自分と親しくなれば、理解者も増えるのではないかと。
 温かいお札も、空を晴らしたのも、雪かきを門番に押し付けたのも、いろいろ話したのも、小姫に喜んでもらおうと思っての行動だったが、彼女は感謝は述べれど、一度も笑わなかった。強引に友達だなんて言ってしまったが、認めてもらえるのだろうか。
 ここで悩んでいてもどうにもならない。桜蘭は屋敷に戻ろうと椅子から立ち上がる。そして手にしたままの桜花千詠のことを思い出し、先に倉庫へ行かなくてはと思い直す。

「桜蘭、ちょっと」

 玄関で櫛田家を見送った父に手招きをされる。側には門番も立っている。さては、雑用を押し付けたことを告げ口したなと門番を睨むが、知らんぷりして持ち場へ逃げて行った。別に隠すようなことはしていない、堂々とした足取りで父の前まで歩み寄る。父は外は寒いからと、屋敷の中へ入って行った。
 話し合いが行われていたであろう広い部屋に連れていかれる。中は廊下よりも少し暖かく、母が座布団に座って待っていた。行燈の明かりが母の影を濃くしていた。

「座りなさい」

 母の隣に座った父にそう言われ、向かい側に座る。少しピリついた空気が不快で、桜蘭は自分から口を開く。

「言われていたお札はたくさんもらってきましたよ。これでしばらくは暖かく過ごせますね」

 母は黙ったままで、父も呆れたように溜息を吐く。穏便に済まなさそうだと分かり、桜蘭も取り繕った笑顔を消して、面倒くさそうに姿勢を正した。

「何か?」
「櫛田の娘と接触しましたね?杖まで勝手に持ち出して」

 母が静かに言う。その言葉は落ち着いた声だが、奥底に怒りが含まれている。母は視たのだろう。一定範囲内であれば遠くを見ることのできる能力持ちの目で、桜蘭が小姫といる場面を。父も門番から証言を聞き、勘違いではないことが両親の間で確定しているのだ。

「ええ。小姫とは良い友達になれそうです」

 真っ直ぐ母の目を見つめ、笑顔でそう言う。恐れる必要はない、自分は間違っていないのだから。何を言われても平気だと強気に構えていると、頬に強い一撃をくらった。母が怒りに震える右手を振り下ろし、さらに殴り掛からんというように全身に力を込めている。父が落ち着けとなだめるが、その瞳も桜蘭へ冷たく注がれている。

「何を考えているのですか!あの娘は種族の穢れです!あなたほど賢い子なら、近づくだけでも不幸が降り注ぐと理解できるでしょう!」
「……」

 ヒステリックに怒鳴る母を、桜蘭はじろりと睨む。人生で初めて平手打ちをくらい、頬がじんじん痛む。しかし、それ以上に母の言葉への嫌悪が上回った。まだ持ったままの桜花千詠を強く握りしめる。どいつもこいつも、と桜蘭も怒鳴りたくなったが、冷静になれと自分を叱責する。立場あってこそ、ある程度自由に動けるのだ。二人には何か都合の良い言い訳で説得しなくてはいけない。
「二度とあの鬼には関わってはいけません」
「いいえ、それはできません」

 さらに激高する母が喚く前に、桜蘭は言葉を続ける。

「小姫と関わるのには利益がありますよ。だって、あの鬼は櫛田家の娘なんですから。あの偉そうな櫛田から情報を横流しにしてもらえるのですよ。今回はそれの下準備です。雪かきの恩を着せて信用させるのです」

 自分を殴ってやりたくなるが、その気持ちを押し殺して悪い顔を浮かべて見せる。鬼の御三家で一番勢力がある櫛田家。櫛田の意見が通りやすい現状を、両親含めた華月の勢力は不愉快に思っている。桜蘭の企みを聞いて、二人とも怯むが、これだけではまだ足りなさそうだ。

「小姫は櫛田家の弱点です。それを利用すれば、例え華月が櫛田に不利益をもたらしても、怒りの矛先は小姫に向かいます。あの鬼からいろいろ聞き出して、櫛田の信用を潰しませんか?華月の『娘』である私なら、一応立場上は一緒にいられますよ」

 桜蘭のゲスい提案に、両親は困って顔を見合わせたのだった。

 その後、あれやこれやと両親を言いくるめ、人目のつかない場所での小姫との接触を許された。
 桜蘭は廊下をとぼとぼと歩き、自室へと向かう。嘘とはいえ、小姫を侮辱することをたくさん言ってしまった。ため息を吐いて部屋の障子を開け、使用人が敷いてくれた布団に包まる。
 もっと小姫のことを知りたい。両親たちに嘘を重ねてでも、周りに咎められようと構わない。自分が正しいと思う行動をするまでだ。桜蘭の中で決意の炎が揺らめいた。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (日曜日, 18 2月 2024 23:22)

    お疲れ様です。
    なんか読み進めていくうちに何となく…予想。
    小姫が堕天鬼になった理由って桜蘭が小姫を救うために仕向けたことなのか???
    小姫のこの家内や掟に縛られた場所から開放するにはそれだけの権力。暴力が必要即ち堕天させてしまえば今置かれた状況も一気に覆すことが可能になる…ってこと!??
    桜蘭自体も自分の地位とかに縛られたくないってスタイルだし…小姫を助ける=堕天=状況を覆す=桜蘭ハッピー!一石二鳥ってことか!?
    ますます楽しい!
    大河ドラマを見てるようだ…。
    原稿もある中でお疲れ様です!
    次回もたのしみにしてます!!
    頑張ってください!

  • #2

    幻夢界観測所 (月曜日, 19 2月 2024 00:05)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    堕天…はて、なんのことやら(すっとぼけ)
    予想を聞くのも楽しいですね、ネタバレになるので触れられませんが、にやにやしております。
    原稿の良い息抜きになってるので、来週も頑張ります!!