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異端の鬼7

「こ、ひめ……」

 小姫の言葉の見えない威力に、桜蘭が唖然とする。悲痛な表情は演技でもない彼女の素だと分かるが、もう良いのだ。自分たちは関わるべきではない。
 次こそ桜蘭の横を通り過ぎ、自分のいるべき場所へと向かう。冷たい風が吹き、白い息が後方へ流れていく。

「じゃあ……れて……く」

 背後で小さく桜蘭が何か言った。気にするつもりはなかったが、直後、猛スピードで桜蘭がこちらへ踏み出したのが感じ取れた。振り返る間もなく。肩と膝裏に腕を回され、簡単に抱き抱えられた。思わず、へっと間抜けな声を出してぽかんとする。

「小姫の分からず屋!嫌がっても連れて行くからね!」

 桜蘭は血で服が汚れるのも気にせず、小姫を抱えたまま方向転換して華月家の方へ歩き出した。諦められるか引き留められるかは予想していたが、連れ去られるとは思わなかった。驚きつつも、今の身体では抵抗すらできないと観念し、大人しく誘拐されることにした。

 人目につくのを桜蘭も気にしているのか、早足で人通りの少ない道を通っていた。そして華月家の玄関まで来ると、門番が溜息を吐いて桜蘭を通す。
 桜蘭は倉庫のような建物の扉を足で開けて中に入る。中は薄暗いが整理されていて、埃っぽさもない。普段からよく使っているのだろう。床も土ではなく、木材が張られている。ゆっくりと床に降ろされ、何かを探しに行った桜蘭の背中を見つめる。
 急に疲労と痛みが押し寄せ、あれこれ考える余裕すらなくなる。へなへなと後ろの壁にもたれて、身体の力を抜いていく。

「ごめん、たいしたものなかったけど、とりあえずこれで」

 桜蘭が毛布と灯かり、そして昨日持っていた桃色の珠がついた杖を持って戻って来た。ランタンのような灯かりは、中に炎の妖鉱石が入っているようで、少し暖かい。

「まず目と足で良い?」

 どこが一番痛いかもわからないため、適当に相槌を打つ。桜蘭が杖に力を込めると、桃色の珠がふんわりと優しい光を放つ。まだ回復しきっていない左目に、妖力が流れてくるのが分かる。ゆっくり、少しずつ目の違和感が消えていく。
 桜蘭は杖なしでは治癒術を使えないと言っていた。不得意な術を使うには、普段より多く妖力を消費するものだ。多く妖力を蓄えているという杖を使ってもなお、桜蘭の額に汗が滲み始めていた。

「無理しなくていいので」
「無理してるのはそっちでしょっ!大人しく休んでて!」

 桜蘭は目の治療を終えると、壁にもたれていた小姫を仰向けに寝かす。そして右足の治療に取りかかった。足の方も徐々に痛みが和らいでくる。同時に小姫の瞼も重くなり始め、張り詰めていた意識がぷつんと途切れた。



「父さま、どうして小姫は外にでてはいけないのですか?」
「外は危険がいっぱいだからね。小姫はまだ幼いから、恐ろしい妖怪に食べられちゃうかもしれないだろ」
「でも、父さまと一緒なら大丈夫じゃないですか?なんなら母さまもいれば……」
「母さんは忙しいからね。父さんたちが襲われたら、母さんが心配してしまうだろ?ここで大人しくしているのがいいんだよ。我慢してくれ」

 小姫の父は申し訳なさそうな表情で小姫の頭を撫でる。生まれてから三年、一歩たりとも家の外に小姫を出したことはない。父親と母親以外の人物に合わせたこともない。小さな家の中で、誰にも見つからないように過ごさせるしかなかった。大鬼と小鬼のハーフの存在を知られるわけにはいかないから。父親の自分が罰を受けるだけならいい。だが母親の威与は里の権力者の一人娘という立場、彼女ほどの大鬼が禁忌を犯したと知られれば、どんな仕打ちを受けるか分からない。そして小姫は間違いなく殺されてしまうだろう。家族を守るため、この小さな唯一の生き場所に小姫を閉じ込めるしかないのだ。

「小姫がつまらない思いをしないためにも、いっぱい父さんと遊ぼうな」
「はい!父さま大好き!」
「ははは、父さんもだぞー」

 小姫を抱きしめ、精いっぱいの愛情を伝える。小さな両腕が抱き返してくれる幸せを噛みしめる。

「小姫は父さんの宝物だからな。いつか、小姫が自由に、幸せに笑って暮らせるところに三人で行こうな。そして、小姫も宝物を見つけるんだぞ」

 そんな穏やかな時間も、終わりは唐突に訪れる。
 家の扉が開き、威与がやって来た。今日こっちに来る予定はなかったはずだが。威与は青ざめた顔で目を逸らし、道を譲るかのように横に移動して、こちらに指を向ける。そして威与の後ろから、櫛田家の大鬼の面々がぞろぞろと立ち入ってくる。咄嗟に小姫を背中で隠すが、もうバレバレのようだ。

「貴様が我が娘を脅してこんなことを……!」

 威与の父親、櫛田家当主が怒り狂って顔を赤くして怒鳴る。威与を脅す……?なんのことか威与に助けを乞うが、威与はそっぽを向いて何も言わない。理解した。捨てられたのだ。

「どうか、小姫だけでもお助けください!この子に罪はありません!」
「黙れっ!小鬼の分際で!」

 威与の父親に蹴り飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられた。小姫が怯えて泣きながら駆け寄って来る。

「威与。こいつはもうお前を脅す必要もない。今までの恨み、屈辱、お前の手で晴らせ」

 威与の父親は長い刀を威与に渡す。威与はそれを受け取り、よろよろと部屋の隅で身を寄せるこちらへ歩いて来る。

「母さま……?」

 小姫が声をかけるが、威与は魂が抜けたような足取りを止めず、刀を鞘から抜いた。そして、家族三人にしか聞こえない微かな声で言う。

「すまない。私には、この選択肢しか、残されて、いな、い」

 震える声でそう言い、決意を決めるかのように目を閉じた。次に威与が目を開くと、先程までの動揺は消えていて、冷淡で無慈悲な別人の表情になっていた。そして――

スパン!

 視界が回った。噴き出す血飛沫と、威与の持つ刀の光、そして小姫の恐怖に染まった顔。次の瞬間、威与の足に踏みつぶされ、小姫の父親は息絶えた。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (水曜日, 06 3月 2024 23:21)

    ………ぅお…
    お父さん…
    なんでや!なんでこんな…
    血の涙や…
    ぐっぅ…う…
    威与に…一体なにが…
    こうするしか選択肢がない…
    震えながら
    威与は更に強い圧力がかかっていたのか…。
    本当なら有り得たかもしれない
    家族で幸せな生活。
    許せねぇ…許せねぇ…よ…
    返せよ!返してくれよ!
    小姫の大好きを返してくれよ!
    小姫…覚醒して。

  • #2

    幻夢界観測所 (木曜日, 07 3月 2024 23:37)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    桜蘭が出てくるまで、お父さんが唯一の終始優しくしてくれた鬼だったのでしょう…。
    威与は権力と立場、自分を守るために家族を裏切りました。間空いてしまってますが、1の方にちらっと書いてたかと…多分。冷酷ママになっちゃった。
    小姫の希望は全部打ち砕かれますきっと(最低)