異端の鬼13

「桜蘭様、どちらへ?」
「ちょっと散歩だよ」
「今夜は御三家での会議がありますが」
「それまでには帰る」

 桜蘭は引き留めようとする従者から逃れるように屋敷を出て、虹の森へやって来る。従者がついてきてないことを確認し、ふぅとため息を吐く。
 華月家の当主となってから二千年程経った。鬼の里は復興し、以前ほどではないが再び虹の森で力をつけていた。差別も当時よりはマシになっていたが、完全になくなったわけではない。相変わらず小鬼は大鬼の下で働かされているし、御三家の鬼は貴族のような扱いだ。
 桜蘭は差別をなくすように華月家の方針を変更したかったが、なかなか大鬼の理解を得られずにいた。せっかく櫛田家に並ぶまでに大きくした華月家の権力を手放すわけにもいかず、他より小鬼の待遇が少し良い程度に留まっていた。最近は里の外との関係を重視する華月家の方針を利用し、種族平等を目指して弱者を救う活動を個人的に行っていた。まだ鬼たちには理解されないようだが。

 春の陽気を楽しみながら、桜蘭は虹の森にある大きな桜の木へやって来る。いい思い出と悪い思い出、両方が存在するこの場所だが、桜蘭は毎年ここへ来て桜を眺めていた。

「今年も変わらず綺麗だねぇ」

 一人呟き、桜の下でゆっくりしようと幹に近づいたところ、反対側に先客がいるようだ。幹にもたれて座っている。相手を確認しようと回り込みかけ、はっとして足を止めた。赤いツノと短く乱れた黒髪、頭上の棘のついた黒い輪。相手もこちらに気付いたようで、だるそうに顔をこちらに向け、目が合うと顔をしかめた。桜蘭は動揺を抑えるために咳ばらいを一つする。

「やあ堕天鬼、一年ぶりかね?」
「うぜぇ……」

 堕天鬼は興味なしと桜蘭から顔を背ける。桜蘭は呆れたように笑い、堕天鬼の反対側の幹にもたれ、あれこれ思い出を呼び起こす。

 一年前、遺跡森の神社を巡った争いにて、桜蘭は念願の堕天鬼と再会した。やはり堕天鬼は桜蘭のことを覚えておらず、堕天鬼に殺されかけて最終的には敵対する形で終わってしまった。今は気分ではないのか、こちらの存在を消そうとする素振りは見えなかった。

「あんたも桜好きなのかい?」
「別に」
「そう。……ここは大切な友達と最後に過ごした場所でね。毎年この時期になるとあの頃が恋しくなるんだよ。いろいろ辛い状況だったけど、あの子と過ごした時間は楽しかった」
「くだらねえ……」

 堕天鬼は不快そうに鼻で笑う。堕落族にとってこの手の話はちっとも美味しくないのだろう。

「もうその子と一緒に桜を見ることはできないけど、こうして誰かと一緒にゆっくりできて良かったよ。久しぶりだ」
「私はお前とゆっくりしてるつもりはないが」
「それでいいさ、気にしないでくれ」

 桜蘭は青空を眺める。今日も虹がかかっている。あの時と同じだ。あの子とは見れなかったが――桜蘭は微笑んで目を閉じた。二千年ぶりだね、と心の中で呟いて。
 少しして、じゃらりと堕天鬼の腕の鎖が音を立てる。堕天鬼が立ち上がって伸びをしていた。

「もう行くのかい?」
「ああ」

 桜蘭も立ち上がり、堕天鬼の方を向く。堕天鬼は背を向けていて、何も言わずに歩き出す。

「っ!小姫!」

 思わずそう呼び止める。堕天鬼がイラッとした表情で振り返る。赤い瞳にギロリと睨まれ、背筋がぞわぞわする。

「その名を口にするなと言っただろ。前に殺しかけたこと忘れたか?次言ったら殺す」
「はは、すまない、どうしてもあんたがその子に似ててね」

 桜蘭が謝罪すると、堕天鬼は悪態を吐きながら虹の森へと消えて行った。その背中を寂しく思いながら見送る。
 以前堕天鬼は小姫という名前に覚えはないが、自分のことをそう呼ばれるのは不快だと言っていた。本当に覚えていないのか、僅かにでも心当たりがあるのかは不明だが、桜蘭は後者だと思っていた。最初に堕天鬼を小姫と呼んだ時、堕天鬼は逆鱗に触れたかのように怒り散らしていた。どこかに小姫の記憶が残っており、それを封じているのではないかと、願望に近い予想をしていた。

「どうせ死ぬなら、あんたに殺されるのも悪くないかもねぇ」

 そう呟いた言葉は春風に掻き消され、花吹雪と共に空へ舞った。

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コメント: 4
  • #1

    ゆがみん (月曜日, 15 4月 2024 21:26)

    ある意味1番平和なEND。
    過去編とはいえ改めて思い返せば短いようで濃厚な過去。
    ここの良いところは堕天鬼が躊躇なく桜蘭を殺さなかったこと面会ができていることそして言葉を交えたこと。
    きっと本来ならどれも叶わないはずだと思っていたのですが。
    まさかの何事もなくその場を去るという結末。
    自分も強引ですが桜蘭と同じく乱暴な希望と妄想を勝手に抱いてゼロに近い奇跡を信じます。
    今の堕天鬼は堕天鬼であり小姫はいない。小姫という異端の鬼らもういない。現実はそうなのでしょう。
    ならなぜ、桜蘭を殺さなかったか。
    あの時のあの場所で殺しかけた。
    二度目は無かったはずなのに。
    今回の地雷、桜蘭が堕天鬼を「小姫」と名指ししたことが見逃された。
    これは自分も小姫の部分は消えてないんじゃないか?と期待せざるをえなかったです。
    桜蘭が感情むき出しで引き留めようとしていたならば間違えなく桜蘭は死亡していたと思うしそれを考えたら一番いい結末になっていると思った。
    ただ…桜蘭自身の立場になるなら…かなり辛い結果になったし良い結果でもなった。
    桜蘭を忘れ、里の呪縛から解き放たれ自由の身にさせることができた。
    でも…桜蘭は大人づら見せているが本心は…もっと一緒に居たかったが1番にじみ出てるENDでした。

    過去編大ボリュームお疲れ様でした。
    まだまだ期待してお待ちしてますのでこれからもがんばってください!
    幻夢界!
    最高!!!!

  • #2

    幻夢界観測所 (火曜日, 16 4月 2024 00:45)

    ゆがみんさん、完読ありがとうございます!
    最近だらけていると噂の堕天鬼で良かった!戦うよりもぐうたらが勝ったようで!
    堕天鬼はたまに知らない記憶がぼんやり浮かんでくることがあるそうで、そういうところで小姫に心当たりがあるのかも…。
    桜蘭は堕天鬼とは敵対ポジションになってしまいますからね。桜蘭が一方的に辛いでしょう……。
    最高、いただきました、ありがとうございます!!

  • #3

    ささの (日曜日, 05 5月 2024 11:01)

    すみません今更過ぎるんですけどやっと最後まで読ませて頂きました・・・�‍♀️
    桜蘭さんの成長後の話し方めっちゃ好きです!!!威厳がある・・・よくあるハッピーエンドとはならなくても、おふたりがおふたりらしく生きていてこれはこれで良かったのかも、て思えました�
    「あんたになら殺されてもいい」って関係性大好きです・・・�

  • #4

    幻夢界観測所 (日曜日, 23 6月 2024 16:53)

    ささのさん、コメントありがとうございます!
    かなり長かったですが、読んでいただきありがとうございます!
    現在軸に堕天鬼が存在してる以上、小姫が報われないのが確定してる話でした。未来へ続くバッドエンド?
    二人の現在軸の話もいつか……本編で公開できたらなと思っています!