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海神の戯れ1

 火山の噴火、森の衰弱、激しい暴風雨、大荒れする海。突然幻夢界を襲った自然災害。それらは封印状態だった幻夢界の創造神の四柱が目覚めた反動であり、神たちが正気を取り戻すと共に収まっていった。

 幻夢界の上空を漂う空神の住居、空跡宮。四柱を鎮めるのに一役買った獣天狗と木霊が、安堵のため息を吐く。一件落着と思われた今回の騒動だが、彼女らには最後の脅威が待ち受けていた。



「はぁ……はぁ……、くっ」
「稀炎や鋭子を相手にしたと聞いて期待したが、所詮この程度か」

 幻夢界の創造神の一柱、海神の水茂古句莉は物足りなさに溜息を吐く。古句莉は自身が突き出した薙刀の先で、倒れて苦しそうにしている獣天狗を見下ろした。
 このまま殺してもいいが、もうひと頑張りして楽しませてくれないだろうか。他の三柱からの加護を受けた獣天狗、ただものではないように思える。封印から目覚めて暴れたい古句莉にとって、彼女は珍しいおもちゃに見えていた。ピンチに陥ったら底力を発揮したりするだろうか……と薙刀の刃を天狗の首に当てる。

「水茂様、それくらいに――」

 空間の創造神、亭羽烏鐘鋭子が古句莉を止めようとするが、先に獣天狗が動いた。

「おお、本当に底力を」

 獣天狗は扇を使わずに、妖力で自身を中心に暴風を吹かせた。古句莉はバランスを崩し、後ろによろめく。その隙に獣天狗は起き上がって古句莉と距離を取る。
 獣天狗はもう限界のようで、加護のおかげで立てているような状態だった。妖力は枯渇していて、足元がおぼつかず、目も座っている。それでも古句莉へ抵抗しようとする意思は強く、恐怖よりも敵意を向けられているのが分かる。
 四柱の中で最も恐れられている自分に対して、逃げずに向かってくる獣天狗の度胸に感心した。古句莉はにやりと笑う。こうも面白いと、壊れるまで遊び尽くしたくなってしまう。

「いいじゃねえか!もっと楽しませてくれ!」

 古句莉が猛接近し、薙刀を振り下ろそうとした時、獣天狗の雰囲気が変わった。本当にわずかの差だが、何か違和感を感じる。

「いい加減に、してっ!」

 獣天狗が扇を振るい、渦巻いた風が古句莉を襲う。古句莉にとって特に脅威でない攻撃だったが、思わず足を止めた。先程の違和感とこの風の攻撃が合致したのだ。

「こいつ……」

――――――

「ふぅ~、今回はこれくらいでいいか」
「うぐぐ、ひどい……」

 獣天狗で遊ぶのに満足した古句莉は、大きく伸びをして戦いの終わりを告げる。獣天狗はやっと解放されたと仰向けにぶっ倒れ、そこへ連れの木霊や式神が様子を見に駆け寄って来た。

「本当にひどいですねぇ。水茂様にとってはお遊びでも、あの方にとっては命懸けなのに」

 獣天狗たちと少し離れて立っていた古句莉の元に、鋭子が呆れた様子で話しかけてくる。

「お前も暴走して獣天狗のこと殺しかけてただろ」
「うっ……、わざとではないとはいえ、五十歩百歩ですね……。それはそうと」
「お前も気づいたか?」
「ええ」

 古句莉も鋭子も例の違和感のことを思い浮かべていた。あの違和感は獣天狗から発せられた負のエネルギーだ。怒りや憎しみ、恐怖などの感情から生まれる負のエネルギーは、妖怪を強くも弱くもする力だ。獣天狗も古句莉に対して負の感情を抱いてはいたが、戦う相手に向けるごく一般的な感情だった。二人が感じ取った違和感は、もっと強烈な、普通の妖怪が能力で使うような力とは違う負のエネルギーだった。

「まるで堕落族だな、ありゃ」
「はい。しかも、あの怨霊の堕落族と似ています」

 創造神にも匹敵する力を持つ堕落族という種族。幻夢界の破壊を目的としていて、創造神を殺すために命や負のエネルギーを食して力を蓄えている存在だ。

「しかし、なぜあのような天狗から堕落族の力がしたのでしょう。今は全くその気配がありませんし」
「さあな。まだ堕落族とは比べ物にならない、周りに気づかれもしない程度の力だったが、今後どうなるか」

 古句莉と鋭子はそう話して獣天狗たちを見守る。木霊の治癒術で獣天狗は少し元気を取り戻し、上半身を起こして災難だったと嘆いている。

「今のうちに排除しておきますか?」

 鋭子がエネルギーを集めて黄金の剣を創り出そうとするが、古句莉は首を横に振った。

「おや、あなたにしては珍しい」
「あいつが堕落族と関係あるのなら、生かしておいた方が得だろ。あの様子だと堕落族と絡んでる様子もないし、周りも気づいていない。他の堕落族の出方を窺えるし、囮にしてもいいかもな」

 なるほど、と言って鋭子は剣を光の粒子に戻す。普段は平和主義な鋭子だが、相手が堕落族かもしれないとなれば、古句莉の企みにも納得してくれたようだ。

「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。天狗の観察、頼んだぞ」

 古句莉は鋭子に監視を押し付け、文句を言わせないためにも獣天狗の元へ向かった。
 獣天狗はこちらに気づくと、げっとあからさまに嫌そうな表情をする。

「じゃあな天狗!お前の足掻き、気に入ったぞ!また遊びに来てやるからな!」
「来なくていいです……」
「遠慮するな!さて、刃、帰るぞ」

 古句莉は自分の式神を呼び、浮遊術で宙に浮く。そして刃を従えて空跡宮を後にし、西に広がる海へ帰った。
 

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (月曜日, 22 4月 2024 03:43)

    はいどうも
    常連客化しているゆがみんです
    読みました
    柱の章じゃないですか!
    早速いじられてる鈴葉かわいそw
    そのまま殺されなくて運が良かった
    海神様と覚醒(堕天)鈴葉なら同格になりうるんでしょうかね?
    絶対頂点である古句莉がやっぱり勝つんでしょうかね?
    ガチバトルする時点で幻夢界消滅案件か…?
    古句莉の上から目線が凄く良かったです。

  • #2

    幻夢界観測所 (火曜日, 23 4月 2024 00:36)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    架空の本編、柱の章です。本編は鈴葉視点になるはずなので、まさかの別視点が先に出てしまいました。
    二人が戦った場合、強さは古句莉でしょうが、鈴葉には主人公補正というバフが…。崩壊を辿る別世界線なら、本気で敵対してバトルしてるかもですね。
    自分勝手で上から目線な最恐神様…。