「堕天霊の力は覚醒したのか?」
「微妙ですね。一応制御できるようになったようですが、使えるのは力の一部だけです。堕天霊の意識も目覚めていないようですので、今のところは問題ないでしょう」
「なるほど……」
古句莉は少し黙って考える。今のところは問題ないのだろう、今のところは。しかし、いつ天狗の肉体が力に飲まれるか、堕天霊の意識が目覚めるかは分からないのだ。明日かもしれないし、杞憂かもしれない。状況の悪化が幻夢界に天変地異をもたらすくらいの問題だ。
「よし、刃は鋭子にこのことを伝えてこい。稀炎とシャナスには鋭子に任せとけ」
「承知しました。その様子ですと、水茂様も何かなされるのですか?」
刃の問いかけに古句莉はにやりと笑う。
「ああ。私はあの天狗に会いに行く!」
どこまで覚醒が進んでいるのか、危険度がどれくらいなのかを直接調べる。危険な予兆があればその場で殺すなり監禁するなり、古句莉の好きなようにするつもりだ。
「……いえ、それはやめておきましょう」
「何だと?私直々出向くと言っているんだぞ?ありがたいだろう?」
古句莉がドヤ顔で言うと、刃はジロリと古句莉を睨む。
「あなたが地上に出ると災害が起きます。一人でなんてエスシ地方が壊れます。やめましょう」
「私を何だと思ってるんだ」
「歩く災害、邪神、幻夢界の悪」
「それは堕落族だろう」
刃の反対を押しのけ、さっそく地上へ向かおうと浮遊術を使う。
「せめて海から出る時に津波を起こすのはやめてくださいよ!」
「へいへーい」
下で叫ぶ刃に返事をし、海底神社の結界をくぐる。海水が道を開けるように古句莉への抵抗を消し、猛スピードで地上へ向かって進んでいく。すぐに地上が見えてくる。そのまま勢いよく地上に出たい所だが、津波を起こさないようにスピードを落とす。我ながら気を利かせて優しい神だと思う。
地上、野老屋の森の西海岸に上陸する。現在地上は冬で、肩も足も出た服装の古句莉は身震いする。すぐに周囲の気体の水分を操り、寒さを感じないように気温を上げる。
「さて、この森にいるそうだが、森のどこにいるんだ?」
野老屋の森はここらでは小さい森だが、狭いわけではない。家のような建物があるのだろうか。小さな村があるとのことなので、そこを目指してみよう。村の場所も知らないが。そこまで伝えない刃の気の利かなさに呆れた。
海岸と森を行き交う者に作られた獣道を辿り、道のままに歩いていく。森にはうっすらと雪が積もっている。さっさと天狗を見つけたいが、こんな寒い時期は皆外を出歩かないだろう。
細い踏みならされた道を進んで行くと、森が開けて草原に出た。少し先にまばらに建物が並んでいる。村と呼んでいいのか分からないくらいにしょぼい。人の姿も見えないため、一番手前にあった小屋のような木造の家の扉を叩く。
「はーい」
力強い男の声。がらりと引き戸が開けられ、ガタイのいい牛のようなツノが生えた男が現れた。
「どちら様……え?」
「よお、天狗知らんか?」
牛男は固まって古句莉を凝視している。
「か、海神、様……?」
「いかにも」
七百年ぶりに目覚めて以来、海から出ていないため、古句莉を知っているということはそこそこ長生きしている者であろう。牛男は強そうな見た目に反し、怯えたような目で古句莉を見て震えている。
「て、天狗?鈴葉ちゃんのことですか?」
「多分そいつだ。この森に住んでると聞いたが、村にいるのか?」
「い、いえ……。鈴葉ちゃんは木霊の風沙梨ちゃんと住んでるそうでして……。木霊は木に術をかけて住むため、私たちも家がどこにあるかは知らなくてですね……」
「木に住み着く?」
家の見た目がただの木ということか。誰にも住処を明かしていないとは、あいつら見た目によらず警戒心が高いのかと感心する。
「大体の場所も分からないのか?」
「森の北側だと思いますが……す、すみません」
「うーん、森の半分も探さないといけないのか」
どうするかなと腕を組んで悩むと、牛男がわたわたと焦る。ごっつい身体で落ち着きのないやつだ。
「あ、あの!少々お待ちくだい!」
どたばたと家の中へ引っ込んで行く牛男。すぐに何かを持って帰ってきた。紙皿に乗せたいい匂いのするものを持っている。
「それは?」
「ただの焼き鳥です。これを持って行ったら、もしかすると匂いにつられて来てくれるかも……」
「んな、まさか。虫かよ」
よく分からないが、美味そうなので受け取っておく。地上の食べ物は好きだ。サンキューと言って背を向けると、牛男はほっと胸を撫で下ろした。
来た森に戻り、焼き鳥を持ちながら獣道を外れた地を進んで行く。美味そうなタレの匂いによだれが出る。せっかくまだ温かいのに、このままでは冷めてしまう。食ってしまおうか。なぜ天狗なんかのために自分が我慢しなければいけないのか。探す手段がこれしかないのなら、力ずくで木々を薙ぎ倒して見つければいいのではないか。
歩きながらそのような考えを巡らしていると、茂みがガサガサと揺れた。
「いい匂い……」
「なんだこいつ」
目的の天狗が頭に雪を乗っけて、ふらふらと姿を現した。あの牛男、侮れないな。
「よお、天狗。遊びに来たぞ」
「うわ、あの時の怖い人だ……」
「土産も持ってきたぞ!」
「優しい人だ!!」
焼き鳥を見せると、天狗は嬉々として駆け寄ってきた。
古句莉は目的の天狗を見つけられた。もうこの焼き鳥を持っている必要はない。ということで、駆け寄ってきた天狗の目の前で、自分の口に肉を突っ込んだ。
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ゆがみん (月曜日, 06 5月 2024 05:08)
更新お疲れ様です。
新しく牛男というモブキャラの存在が確認できて楽しくなってきましたゆがみんです。
今回古句莉様の行動見てやっぱり何だかんだでちゃんとした神様なんやなって思いましたが気のせいだったのかもしれないと直ぐに打ち砕かれました。力が最強がゆえの貫禄、刃にも容赦無くボロカスに言われてて笑いました。
最後辺りの方はああ。やっぱりやると思ったわってなりましたね。なんなら牛男からもらったあたりから絶対食うやん…って思ってたらあってました。
これ絶対古句莉様全部食べてもう無いぞとか言いそう。
幻夢界観測所 (火曜日, 21 5月 2024 03:08)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
牛男さんはそこそこ出てくるモブかもしれないです。第一村人発見!
古句莉は一応正義側のはずですが、刃からの評価は堕落族と変わらないような。古句莉に自覚はありません、神なので。
地上の美味しそうな食べ物をゲットしたのに、天狗ごときにあげる優しさ、邪神が持っているわけ……。