「ひどい!土産って言ったのに……」
「村人から私への土産だ」
甘辛いタレと柔らかい肉、実に美味い。何か訴えるような目をしている天狗に見守られながら、皿に乗っていた三本の焼き鳥をぺろりと平らげた。天狗ががくりと肩を落とす。
「ほしかったか?だったらこれをくれてやる」
邪魔になった紙皿を天狗に押し付ける。神にゴミなど必要ないのだ。ありがたく受け取れ。天狗は不満げに紙皿をぐしゃぐしゃと握り潰して袖の中に仕舞った。
「さて、本題だが――って、おい!帰るな!」
「忙しいんです、遊べないです」
「お前の都合など知らん。私に合わせろ」
「なんなのこの神……」
天狗は逃げるのを諦めたようで、狐の耳を寝かせて古句莉の前にとどまった。
目的はこの天狗の堕落族の力を調べること。こちらが詮索していることは隠しておきたい。この天狗を堕落族への対抗手段で利用しようとしている古句莉にとって、能力に目をつけていることは知らせない方が都合が良いのだ。あの力を自然と引き出させるには……。
「うーむ、戦うか」
「えっ!?どうして!?!?」
「何となく」
「嫌ですが!!!」
思い付きで地上に来たものだから、天狗に会った後どうするか考えていなかった。戦う、脅す、拷問以外に何か手があるだろうか。
「じゃあなんか私を楽しませてくれよ。天狗ならではの一発芸とかないのか?」
「風を起こすくらいしか……。本当に何しに来たんだろうこの人」
話が進まないので、いつも通り好き勝手暴れてやろうとした時、天狗の後ろに白い何かがいることに気づいた。一匹の小さな白い蛇が、 雪の積もっていない木の枝に身体を巻き付けてこちらを見ている。刃の手下だろう。あの蛇の視界越しに、海底神社からこちらの様子を見ているらしい。
「お、そうだ」
古句莉はいいことを思いついたぞと天狗に視線を戻す。
「あそこを見ろ。こんな時期に外にいる馬鹿蛇がいるだろ?あいつを捕まえられたら褒美をやる」
「蛇?本当だ。冬の蛇なんてすぐ捕まえられるんじゃ?褒美って?」
「うーん、水の妖鉱石、中サイズ」
「ま、まともだ!風沙梨のためにもこれはやるっきゃない!」
天狗は耳をぴんと立ててやる気を示す。寒さで折りたたんでいた翼を広げ、準備運動がてらばさばさと羽ばたく。
「ただし、十分以内に捕まえられなければ、野老屋の森を海に沈める。もう辞退はできないからな」
「やめたい!お願いします!代償が大きすぎる!」
「駄目だ。嫌なら今すぐ沈める」
青ざめる天狗同様、刃の蛇もどうしようと焦っているようだ。蛇越しに刃へ、分かっているよなと笑ってみせる。これは天狗の堕落族の力を引き出すための試練。能力を発動させられるよう、絶対に捕まってはいけないのだ。刃が指揮しているのであれば、ただの蛇でも足掻けるだろう。海で驚いているであろう刃を思い浮かべると、笑いが込み上げてくる。
「さあ、十分だぞ!始め!!」
「こ、こうなったら何が何でも捕まえるしか!速さには自信あるんだから!」
天狗は地面を蹴ると、一直線に蛇のところまで接近する。蛇も素早く身をくねらせ、枝の密集した木の上へと逃げる。風で枝を揺らしたり切り落としたりして、蛇を空中に投げ出そうとする天狗。蛇はすばしっこく別の枝、別の木に飛び移って天狗の手の届かない場所に身を潜める。そんな攻防がしばらく続いた。
「意外と地味だな。もっと激しく暴れてくれたら見ごたえもあるのに」
古句莉は地上から天狗と蛇を見上げる。両者なかなかに慎重だ。天狗は蛇が身動きを取れない空中で捕えたいようで、地上に逃がさないように気をつけている。蛇の方は刃の指示か、天狗の攻撃を見事に見切っている。
「どうして冬場の蛇がこんなに動けるの……」
天狗がこのままでは捕まえられないと、攻撃の手を止める。天狗が策を考えてる今が堕落族の力を開放させるにはいいタイミングだろう。蛇に視線を送ると、逃げに徹していた蛇が攻撃態勢を取った。簡単で威力も大したことのない術だが、蛇は天狗に向かって水エネルギーの塊をいくつも発射する。
「こんなの当たるわけ……げっ」
天狗は軽々と攻撃をかわしていたが、途中から水弾が天狗の側で弾け始めた。水しぶきとなった水弾は天狗の身体を濡らし、冬の寒さが天狗の動きを鈍らせる。
「おーい、残り五分切ったぞー」
「も、森がぁ……」
森が海に沈むというプレッシャーが天狗を追い詰める。さあ、力を見せろと古句莉は内心でにやりと笑う。蛇も畳みかけるとばかりに地上に滑り降り、枯れ葉や茂みの隙間に身を隠す。
確かに隠れたはずだったが、いつのまにか蛇は宙に舞っており、天狗の手で頭と顎を掴まれていた。
「二対一なんて、卑怯な蛇ですこと」
紫の着物を着た短い黒髪の天狗が掴んだ蛇と古句莉を交互に見て、どうもと会釈する。狐の天狗より圧倒的に強い妖力を持っているようで、特殊な力を使って刃の蛇を捕らえたようだ。
「リン様!」
「ちっ、邪魔しやがって」
リンと呼ばれた天狗に獣天狗が駆け寄り、助かったと事情を話している。
「そう、危なかったわね。たまたまここに来てよかったわ」
「さすがリン様!救世主!ところで二対一って?」
「ん~?そんなこと言ったかしら」
リンがちらりと古句莉を見る。見透かしたような瞳と笑み、気に入らない。
「獣天狗が捕まえなかったから無効だ。報酬はなしな」
「森が沈まないなら何でもいいよ……」
「あーあー、つまらん」
古句莉の苛立ちがオーラとなって身体から溢れ出す。獣天狗がまずいと顔を引きつらせるが、リンは先ほどと変わらない余裕そうな笑みを浮かべている。
「鈴葉、食べ物のゴミ捨ててきたら?」
「あ!そういえばずっと持ってた!」
獣天狗は焼き鳥が乗っていたぐしゃぐしゃにした紙皿を取り出し、捨ててくると森の奥へ飛んで行った。古句莉は何も言わずに見過ごす。
古句莉とリンが睨み合う形になる。
「あいつを逃がしてどうするつもりだ?死に際は見られたくないタイプか?」
「そりゃ見られたくないですわね」
「ははは、安心しろよ。跡形もなく消してやるからよ。私の目の前に現れるなんて来世ではやめておけよ」
古句莉が命を狩り取ろうと薙刀を顕現させるが、やはりリンは動じない。こちらを警戒する様子も、妖力を集める素振りもしない。
「海神様、あなたは私を殺せませんよ」
リンは扇で口元を隠してにこりと笑う。敵意のない自信に満ちた声だ。鋭子みたいでムカつく。
「鈴葉、堕天霊の生まれ変わりに力の扱い方を教えたのは私です。インタビューならお受けしますよ」
「はーん、全部お見通しってわけだ。たかが天狗のくせにやるな、お前」
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ゆがみん (水曜日, 22 5月 2024 16:47)
2週間ぶり?
御苦労です!
楽しみにお待ちしてお古句莉りました!
何だかんだでちゃんと古句莉が幻夢界のために行動してるのいい。
無茶振りの嫌な社長感w
「おーい、残り五分切ったぞー」
ここの急かし方結構好きです。
力あるものから言われるとどうしてもあわあわしてしまうような圧を感じるというか…あぁ…なんか自分もこんな事あったわ…みたいな。自分の過去をえぐられるみたいたいでしたw
古句莉の印象が少し自分の中で変わった気がしました。前は歯向かうものは皆殺しのイメージでした。このエピソードから内面的な部分も多数綴られているのであぁ…強引ではあるけどちゃんと柱してるって改めて感じられました。ただ部下になるのはめちゃくちゃ怖いですが気に入られたら絶対に楽しいでしょう。
話は大分逸れちゃいましたが。
鈴葉は古句莉に対して力を理解して仕方なしとはいえ行動してるのは流石主人公と関心。圧倒的な力を前にしてもやるしか無いと切り替えられる。すごく好き。頑張っているが伝わる。好きですね。
天狗は耳をぴんと立ててやる気を示す。
この場面が個人的にはめちゃくちゃ可愛かったですね。
可愛いといえばリン様が参戦してからのホッとした鈴葉もほっこりしました。これはもはや萌えなんじゃないか?
リン様の登場にはびっくりしましたし何よりも最上の古句莉に対して引けを取らない。これはかなり肝が座り過ぎていて貫禄が流石としか言いようがない。殺せない理由…これが気になりますねやっぱりwkwk…
全体を含めてやっぱり読んでいて楽しいです。
次回も楽しみにしてますので
がんばってください!
幻夢界観測所 (月曜日, 27 5月 2024 23:10)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
無理矢理我を通したり、無茶振りしたり、全て自分がルール思考なので……。刃向かったものも歯向かわなかったものも、機嫌次第で皆殺しにすることは多々ありそうです。鈴葉が堕落族の力を持っていなければ、リンが情報を持っていなければそうなっていたかもしれません。
鈴葉単体が不利益になる条件ならいやいやするでしょうが、森や他の人が巻き込まれるならやるしかなかだたのでしょう。蛇は巻き込まれましたが。
リンの登場には観測所も驚きました。何気に古句莉と絡むのは初めてでしたね。