古句莉が話せと促し、リンは刃の蛇を逃して鈴葉という天狗の力について話し始めた。リンも鈴葉が堕落族の生まれ変わりであると昔から知っており、少し前に力が目覚める兆候が見られたため、山で力の扱い方と制御を叩き込んだらしい。相当精神が追い込まれるか、堕落族直接の関与がなければ、堕落族の力に飲まれることはないと言う。刃から受けた報告と一致するし、嘘はついていないようだ。
「精神が追い込まれると……どれくらいか曖昧だな」
「あの子はかなりタフなメンタルをしているので、並大抵のことでは動じないと思いますよ。大切な人の命を奪われる、くらいじゃないと」
「確かに。私含め、四柱とやり合ってるしな」
封印から目覚めてすぐの空跡宮での戦いを思い出す。炎神の稀炎と空神の鋭子に打ち勝った天狗。加護の力や二柱が本調子でなかったというハンデはあったが、そこらの一般妖怪なら創造神に牙を剥かれてまともな精神を保てるはずがない。さらに傷を負い、疲れ果てた状態で古句莉にまで立ち向かってきたのだ。
「あいつの食いついて来るところ、案外気に入ってるぜ」
「それはよかったです。では、あなたの知りたかったことはお伝えしました。『今回はここらで手を引いていただけませんか』」
リンが言葉に強い念のようなものを含める。最後の一言は言葉に意思が生まれたように、古句莉の思考に深く入り込もうとしてくるように感じた。穏やかな表情だが瞳は真剣で、これ以上関わらないでくれと訴えている。
「ふん、まあ、目的は果たせたか。様子見に来ただけで、急いで始末する気もなかったしな。お前が管理できるのなら、任せるのも手かもな」
古句莉の言葉を聞き、リンはほっと胸を撫でおろす。古句莉も満足げに目を閉じ、背を向けて伸びをする。獣天狗はまだ帰ってこないが、挨拶する程の仲でもない。堕落族の力を持っている限り、嫌でもいずれまた会うことになるだろう。
「それじゃあ、私は帰るとしよう」
「――とでも言うと思ったか?」
古句莉は目に見えない程の速さで薙刀をリンの首に突きつけ、足元の雪を操ってリンの膝下を氷で覆い、地面に縫い付ける。幻夢界の水に関するもの全てを操る古句莉には、雪や空気中の水分を操るのは簡単なことだ。氷は徐々に上へと侵略していき、両手も巻き込んで腰辺りまで身体を覆った。
「そう簡単にいくわけないですよねぇ」
リンはキッと古句莉を睨み、自嘲して呟く。
古句莉は薙刀を引っ込めて己の肩に担ぎ、リンのすぐ目の前まで歩み寄る。
「お前が本当のことを言っているのは分かるし、私も最低限の目的は果たした。だが、わざわざこの海神が足を運んだんだぞ?実際に見て試すまでしなければ、割に合わないだろう。なによりつまらんしな」
楽しそうに笑う古句莉に、リンは不満そうに眉を寄せる。
「さっき言ってたな。獣天狗の力、精神を揺るがすには、大切な人の命を奪われるくらいじゃないと、と。お前が殺されそうになっているところを獣天狗が見たら、どんな顔するだろうな?」
「『そんな危険なこと、あの子にしないで!』」
「私直々テストしてやるんだ、寛大な神に感謝しろ。ったく、鬱陶しい口だな。静かにしてろ」
古句莉に何か影響を与えようとしてくるリンの言葉。言葉で行動を支配するような能力を持っているのだろう。圧倒的妖力を持つ古句莉はその能力を簡単に弾き、リンの口や外気の水分を凍らせていく。口元を氷で覆われたリンは能力を封じられ、四肢も動かせない状態だ。
「り、リン様……!?」
ちょうど獣天狗こと鈴葉が戻って来た。状況を理解できず、古句莉とリンの顔を交互に見て慌てている。
「なあ、言葉の能力を持つ天狗よ。無意識の加護って知ってるか?対象の無意識を表に出し、理性の制御がない状態で、本能と深層心理のままに行動するんだ。お前みたいに良い子ヅラした力を持つ者が意識の外で行動したらどうなるんだろうな?獣天狗も気になるよな?」
殺意を剥き出しに、今にも人を殺しそうな笑顔で問いかける古句莉。鈴葉はマフラーを外し、着物の帯に挿していた紅葉の扇を取り出す。
「リン様を開放して」
「嫌だと言ったら?」
「許さない!」
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ゆがみん (火曜日, 28 5月 2024 01:44)
お疲れ様です
2000程度の字数でここまで緊迫感が伝わる文章力に興奮しました。
やっぱりただでは帰らない。
好きやわこの展開。
つわものだけが許される展開。
鈴葉VS古句莉ではギリギリの場面で鈴葉が起点を効かせてどうにかして古句莉を納得させる形になるんだろうか?
ワクワクしますね
リンもちょっと内心引いた所も垣間見えてホッとしました。
リンはあまり怖がらないイメージがあったので。でも、頑張ってリンなりに鈴葉を守ろうとしてたところ好きですね。
幻夢界観測所 (月曜日, 03 6月 2024 02:41)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
リンとの話し合いで終わるのはつまらなかったので()、古句莉には邪神として暴れてもらうことに。
余裕がなかったり怒ったりするリンは貴重かもですね。古句莉は何するかわからないので、内心ヒヤヒヤでしょう。
天狗組はどう邪神に立ち向かうのか……。