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海神の戯れ8

 鈴葉は古句莉と距離を取り、また闇の風を自分の周囲に発生させる。

「またそれか?私には効かんぞ?」

 古句莉は体を水状にして攻撃に備える。強者ゆえの油断か、堕落族の力以外のことを全く警戒していない。所詮天狗の力では古句莉に危害は与えられないだろうと、余裕そうな笑みが語っている。
 鈴葉は先ほどと同じように、自身を中心にして全方向に乱風を吹かす。もちろん古句莉は軽く攻撃を受け流している。

「つまらんぞ獣天狗!その程度か――ん?」

 古句莉が不満を漏らしかけたが、風の異変に気がつく。鈴葉が古句莉にぶつけていた風はダミーだ。鈴葉の狙いは遥か上空の寒気と、地上に積もった雪だ。上下に風を操り、冷たい空気と雪を風に乗せて古句莉めがけて吹きつける。その風は古句莉の周辺を勢いよく渦巻き、水の体を凍らせていく。そのままでいれば完全に凍り、元の体に戻れば闇の風が古句莉を蝕む。
 古句莉が凍り始めると同時に鈴葉も古句莉へ急接近する。両手に闇の鉤爪を纏い、氷と同化して固体になった古句莉をクロスするように切り裂く。古句莉の体はバラバラに砕け、大地へ落下していった。

「はあ……はあ……。上手く行った。もう解放してほしいんだけどな」

 鈴葉は上空から地上を見下ろして呟く。勝ったとは思えないが、古句莉の予想以上の動きはできただろう。
 少しの静寂。堕落族の力を使っている間は心がざわざわして不快だ。力を解除したいが、まだ古句莉がやる気だったらと思うと警戒せざるを得ない。

「ふふふ、あははははははは!やるじゃないか!」

 地上から古句莉の笑い声が聞こえてくる。目を凝らすと、古句莉は氷を水に変えて散らばった体を一つにし、元の肉体へと戻って立っていた。やはり傷一つない。

「あのー、これ以上は何もでません!もう終わりましょう!」

 上空から叫ぶが、古句莉は楽しそうに笑っていて、こちらの声は聞こえていなさそうだ。

「面白い、面白いぞ!ここまで私に食らいついて来るやつはいつぶりだか!やはりお前に目をつけてよかった!もっと、もっと私を楽しませてくれ!」

 古句莉から邪悪な妖力が溢れる。今までの殺気はまだまだ手加減だったと思い知らされるような、本能が震えあがるような得体のしれない恐怖が鈴葉を襲う。

「へ、変なスイッチ入っちゃった……。これは本当にまずいのでは」

 バキンと何かが割れる音がした。視界に古句莉を入れながら音の方を見ると、リンが氷の拘束を破ってこちらへ飛んで来た。

「リン様!どうやって?」
「あなたの風で氷を脆くしたの」
「え!?大丈夫ですか?あの風は……」
「何ともないわ。私だって天狗だもの。言霊を使わなくても少しくらい風を操れる。それよりも」

 リンは真剣な表情で古句莉を見下ろす。

「話が違うわ。私たちを殺す気はなかったくせに、完全に目的を見失っている。海神は楽しいから命を奪うって話、私たちに降りかかってくるとはね」
「ぅえ?リン様殺されかけてたの演技……?後で詳しく聞かせてもらいますからね!」

 鈴葉は鉤爪を構え、リンは扇子を取り出して古句莉に警戒する。
 古句莉は周辺に積もっている雪を操り、ごっそりと空中に浮かせる。それらを全て氷柱に変え、上空に向かって発射した。今までとは桁違いの攻撃、鋭く重い氷柱は風で軌道を変えられない。

「『熱風よ、氷を溶かせ』」

 リンが扇子で風を起こすと、その風は言霊によって灼熱の風へと変化する。二人に到達するまでに氷柱はほとんど溶けてしまった。しかし相手は海神。残った水で何をしてくるか分からない。リンに当たらないように気をつけ、鈴葉が闇の風を起こして氷柱の残骸を消し去る。

「くっ、やられたわね」

 氷柱に気を取られている間に、古句莉の姿は消えていた。リンが鈴葉と背中合わせになり、周囲を見回す。

「鈴葉、あの風を周辺広めに吹かせられる?」
「任せてください!」

 鈴葉は言われた通り、自分たちを覆うように、闇の風が吹き荒れる地帯を作り出す。古句莉は体を霧状に変えて近くにいるのだろう。

「『闇の風の効力よ、上がれ』」

 リンが唱えると、鈴葉が何もせずとも風の力――堕落族の消し去る力が威力を高める。水の塊ではなく、霧という細かな水になっている状態の古句莉は、強化された闇の汚染に浄化が間に合わない。古句莉は肉体に戻り、周囲に水のシールドを張って対応する。

「間接的に堕落族の力使うとか反則だろ」
「リン様がチートすぎる」
「あなたたちみたいなぶっ壊れに言われたくないわ」

 改めて古句莉と向かい合う。古句莉は闇の風に創り出した水を投入し、高速で水を回転させる。水は闇の力も取り込んで我が物にし、鈴葉とリンを囲む水の檻が出来上がる。

「二人ともまとめて切り刻んでやるよ」

 古句莉はどんどん檻を狭めていく。高速回転する水壁が二人に迫る。

「り、リン様、どうしよう」
「これは……海神の力になったものは私の言霊でも上書きできない。シールドを張るわ。私の力が尽きる前に、ここから脱出を、うぅっ」

 話しているうちにもリンのシールドに古句莉の攻撃が炸裂する。古句莉の力と、水に混じった闇の力がシールド越しにリンの妖力をものすごい勢いで消費していく。鈴葉はリンを抱え、渦巻く水の檻を突破しようとするが、渦の中心部にいるせいでその場から動くことすらできない。リンの息遣いが乱れ、顔色が悪くなっていく。

「このままじゃリン様が死んじゃう!もうやめて!!」

 鈴葉が必死に古句莉に呼びかけるが、頼みを聞いてくれる素振りはない。にたりと笑い、恐怖と絶望を堪能するように行く末を見守っている。
 鈴葉が闇の力で水を消そうにも、間に合わない程の水を注がれるだけだろう。闇の力も水に飲まれて利用されてしまう。リンが手出しできない力に、もともとの風の術で対抗できるはずもない。

「無理だ」

 鈴葉はリンを庇うように抱きしめ、現状の突破を諦めた。手詰まりだ。数秒後、リンのシールドが砕け散った。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (月曜日, 17 6月 2024 04:05)

    古句莉が最強であるのは言うまでもなくなんですが今回、今までもそうですが古句莉は絶対強者だからこそかなり退屈だったことが伝わります。今回は特にはしゃいでます。絶対強者も呼ばれはいいですがそれ以上が存在しないからこその孤独と膨大な時間と暇をもて余すし、そう考えると古句莉の真意は遊び相手(物理)が欲しかったんだと思いました。今回の目的は堕天霊の生まれ変わりである鈴葉の調査=サンドバッグの具合+それこそ戯れ。しっかりとタイトル通りにストーリーを作成されてます。とてもすごいと素直に感じてます。最終的に予想は、1.鈴葉が利用される以上の力を開放し突破する。2.鈴葉の諦めを見届け、古句莉の興が冷める。3.第三者が乱入する。4.リンが悪あがきを見せる。とかでしょうか…?外れたとしても次の楽しみとして取っておきます。最終回らしいのでさみしくなりますが最後まで応援しています。頑張ってください。

  • #2

    幻夢界観測所 (火曜日, 18 6月 2024 00:52)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    古句莉がまともにやりあえるのは不死身の四柱くらいですからねぇ。一応手加減してますが、珍しい相手(堕落族の力)と戦えて楽しそうです。早く海に帰ってほしいです……。
    ほぼ成り行きでお送りしているので、タイトル通りのものになってると聞いて安心しました。
    さあ、どうなるのでしょう。いろいろな考察ありがとうございます^^