「そこまで!」
その声と共に上空の空気ががらりと入れ替わった。闇の風も渦巻く水も一瞬で消え去り、何事もなかったかのように静かな空気が三人の間に広がった。鈴葉は何が起きたのか分からないと周囲を見回し、リンは支えられてかろうじて飛んでいる。
一瞬驚いた古句莉だったが、すぐに邪魔をした犯人が分かり舌打ちをする。苛ついた視線をそいつのいる方へ向ける。
虹色の翼を持つ空間の神、鋭子が三人より少し上空に空間の裂け目を作り、そこから出てきていたところだった。同時に鈴葉もそちらを見上げ、助かったと闇の力を解除する。
「おいおい、何の真似だ?興醒めなことしてくれるじゃねえか」
古句莉は容赦なく鋭子に薙刀を投げ飛ばす。水を纏い、目に見えない程の速さで一直線に鋭子を狙う薙刀だが、彼女に触れる前に空間の裂け目に飲み込まれる。そして古句莉の背後から投げたはずの薙刀が帰って来た。胴体に刺さる直前で薙刀を消滅させる。
「水茂様、頭を冷やしてください。あなたの目的は彼女たちを殺すことではないでしょう」
「ああん?殺してねーだろ!」
「殺しかけてたでしょう!」
海神と空神が睨み合い、火花が散る。鈴葉は二人から漂う殺気にドン引きしながら、二人の視界から逃げるようにそっと地上へ降りて行った。
戦闘を邪魔されて怒る古句莉と、話が通じずにムキになる鋭子。二人の言い合いは激しさを増していき、殺し合いのような戦闘にまで発展していく。
古句莉が鋭子の血液を操り、腕や胴、果ては頭まで爆発させる。すると再生した鋭子が仕返しだとばかりに、空間を捻じって古句莉の体をぐちゃぐちゃに歪ませて潰す。
「リン様、私たち、あれでも手加減されてたんですね……」
「それでも手加減の加減間違えてるのよ、あの邪神は」
鈴葉とリンはぐったりしながら上空を見上げ、凄惨な戦いに顔をしかめる。
「本当、よく生きていたな。さすが、堕落族の力だ」
新手の声に鈴葉は振り返る。黒い巫女服を着た長身の女性。蛇のように鋭い目つきをしているが敵意はなく、二人と同じように上空を見上げて呆れたように息を吐く。
「確か、海神の手下の」
「式神、弥陀ノ刃だ。水茂様の命で空神のところへ行き、嫌な予感がして空神と共に水茂様の行動を観察していたのだが、放っておかなくて正解だったな。あれを一人で地上に放ってはいけない」
刃はこれまでの経緯を話す。四柱が目覚めた時の、空跡宮での戦闘で鈴葉が目をつけられていたこと。鈴葉の力の正体を確信し、古句莉がテストしに来たことなど。
「あなたが蛇を使って鈴葉をストーカーしてたのね。鈴葉の力の訓練中に山で見かけた蛇と、さっき捕まえた蛇から同じ術者の気配がしたから、海神が暴れてるのも何となく堕落族絡みだと察していたけれど」
「気づかれていたか、大天狗の娘は侮れないな」
リンと刃の会話に、鈴葉は居心地が悪くなる。堕落族の力のことはよく分からないし、大事にはしたくないのだが、創造神にまで足を運ばす事態になっている。
そうしているうちに話がついたのか、二柱が地上へ降りてきた。両者それぞれの武器を刺し合ったまま、顔には笑顔を貼り付けている。
「どうもお待たせしました。とりあえず水茂様の気は収まりましたので安心してください」
「おーい、こちとらまだ収まってないぞー。お前マジで覚えとけよ。空跡宮ぶっ壊してやるからな。って、なんで刃がここにいるんだよ」
「あなたが空神に報告しろと仰ったので」
「はーーー、それで鋭子が来たのかよ。ふざけんな過去の私」
古句莉は萎えたと両手足を広げて雪の上に仰向けに倒れた。鋭子がこほんと咳払いし、鈴葉に向き直る。
「刃さんから聞いたと思いますが、あなたの堕落族の力をチェックさせていただきました。力に飲まれたり、堕天霊の意識がちらつくようでしたら、正直あのまま水茂様に殺させるところでした。しかし、狂暴化した水茂様を相手にしてもあなたは心を強く真っ直ぐに持ち、困難に向き合いました。今後その力を使うことがあっても、暴走に陥ることはないでしょう」
鋭子はにこりと笑う。
「合格ということだな」
あまり分かっていなさそうな鈴葉に、刃がそう告げる。リンもほっと胸を撫でおろし、疲れたのか言霊で椅子を出すこともなくその場に座り込んだ。
「と、とりあえずもう襲われないんだよね?もう解放してもらえたんだよね?あ、あははは……今日は厄日」
鈴葉もリンの隣にぶっ倒れた。
「では、私はこの辺で失礼します。ご迷惑をおかけしました」
鈴葉とリンが少し休んでいる間、世間話をしていた鋭子だが、キリのいいところで別れを告げる。住居に帰るための空間の裂け目を作り、そこへ片足を突っ込む。
「おい、海底神社にも送ってけ」
「嫌です。自分で帰りなさい」
まだ不貞腐れて寝ころんでいた古句莉に、鋭子はぴしゃりと拒絶を投げる。古句莉が薙刀を鋭子に投げたが、空間の裂け目が閉じ、薙刀は森の奥へと消えていった。
「さあ、我々も帰りますよ」
「めんどくせー。おい天狗、今度地上の美味いもんでも食わせろ。また来るぞ」
「来ないでください……」
刃に引きずられるようにして古句莉は海の方へ帰って行った。
やっと訪れた平和に鈴葉とリンは感謝を捧げたのであった。この後、様子を見に来た風沙梨がボロボロの二人を見てパニックになったのだとか。
――――――
「なぜ二人を殺そうとしたのですか」
海底神社に戻る途中、海の中を進みながら刃が問いかけてきた。古句莉は不機嫌そうに顔をしかめた。
「殺すつもりはなかったと言ってるだろう。ちょっと楽しくなっただけだ」
「これだからあなたは……」
「それに」
古句莉はそう言って少し言葉を切る。何か考えている様子の古句莉に、刃が不思議そうに目線を移す。
「あの力に毒されたというか、なんだろうな。負の感情が美味すぎたんだよな。堕天霊の力を持ったやつが、私に恐怖と絶望の感情を送って来るんだぜ?もっと食いたくなって止められなかったみたいな」
「命食らいの旧型妖怪みたいなことを……」
「あれはただの負の感情じゃないんだって」
邪神だ災厄だと呟いて呆れている刃に、古句莉は軽く蹴りを入れる。刃は怒りを滲ませた顔をしたが、何か言おうとした古句莉に大人しく耳を傾ける。
「悪を増大させるような力もあるかもな、あいつ。普通の時はただの絶望や恐怖の味だったが、堕落族の力を纏ってから、負の感情の質が上がったんだ。本物の堕落族にでも食われたらどうなるか」
「そうですか……。堕落族ともいつか接触するでしょう。空神は大丈夫と言っていましたが、本当にいいのでしょうか」
「まあ、私が死ぬ間際の光景を見せてやったし、大丈夫だろ。そう簡単に絶望しないさ」
真剣そうに話していたかと思えば、古句莉は急に適当なトーンになる。堕落族が強大になろうとも、四柱が本気を出せば勝てると慢心している。つい最近まで原因不明の封印状態という、隙だらけの四柱であったが。
「今度は美味いもの寄越さないと戦うって言ってあいつと遊ぼっと」
古句莉はけろっと上機嫌になって、海底神社がある深海へ潜って行った。鈴葉を生かすか殺すかで、四柱含む幻夢界の運命が変わるとも知らずに。
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ゆがみん (火曜日, 25 6月 2024 04:05)
完走お疲れ様でした。
即日にコメント出来ずすみません。不覚です。
第三者の介入が的中になり少々はしゃいでしまいました。
刃が来たのは予想していたのですが鋭子きてテンション上がったのはきっと私だけではないでしょう。
前から思っていたのですが鋭子と古句莉のカプは濃厚何なんだなぁとも感じました。教えてエウメビちゃんにも2人でちゃっかり登場してましたしなんかそれ考えたらなんか尊いですね。
挿絵は見ての通りとても楽しそうに見えてちゃんと刺しあってて仲良しなのが伺えます。素晴らしいですね。最終的な締めもやはり主人公の生死が分岐点となるところがすごく良きでした。
一応治まるところに収まったでいい終わり方でした。
四柱は皆怖いね
幻夢界観測所 (月曜日, 01 7月 2024 00:49)
ゆがみんさん、コメント&最後まで読んでいただきありがとうございます!
どこでもすぐに駆けつけられる鋭子様は便利です。古句莉を制御できるのが鋭子くらいなので、絡みも多くなりますね。
エウメビ本でいうと、四柱全員血の気多いって言われてるのも、鋭子が頭に剣刺しているところで表してました。
まるで本編に続きそうな流れですが、一応これは外伝です。きっといつか本編が、来るはず……。