各地で雨が多くなる季節、湿間。野老屋の森上空も灰色の雲に覆われて、しとしとと静かな雨が何日も森を濡らしていた。
今日も天気は雨。じっとりと体にまとわりつくような湿った空気で熱がこもり、少し動くだけで汗ばむような日だった。
「はぁ。こうも雨ばかり続くと憂鬱になってきますね」
木霊の少女、美来風沙梨(みらい かさり)は窓の外を見てため息をつく。テーブルに肘をついて、何をするわけでもなく一人ぼーっと時間を過ごす。そう、風沙梨は今一人であった。
「師匠は今頃どうしてるんですかねぇ」
風沙梨の同居人の獣天狗、紅河鈴葉(こうかわ りんは)。風沙梨が師匠と呼び慕っている存在だが、鈴葉は現在天狗の山である紅葉岳に帰っていた。鈴葉の親友であり、紅葉岳を治める大天狗の娘であるリンに頼み事で呼び出され、昨日から風沙梨の家を出ていたのだ。ちなみに師弟関係ではない。
明るい彼女がいない家は静かで寂しい感じがする。雨と相まって風沙梨の気分を沈めていく。
「ん?」
急に風沙梨は頭上の耳をピンと立て、テーブルに項垂れていた姿勢を正す。風沙梨が聞き取ったのは森の声だ。木霊の風沙梨はこの森、野老屋の森で生まれた。木霊は生まれた森の声を聞いたり見たりすることで、森で起こっていることを知ることができる。
風沙梨は森の声を聞き取ろうと意識を集中させる。
――力……水……石……大きい
「んー?妖鉱石ですか?大きい?」
生活用品にも通貨にも戦闘道具にも使える万能の存在、妖鉱石。力の弱い妖怪で、定職にも就いていない風沙梨にとっては、拾うことでしか手に入れられない物。もちろんそんな便利な物が落ちていれば誰もが回収したがるため、運が良くないと手に入らない。風沙梨にとって貴重品だ。
森はその妖鉱石、しかもかなりの大きさのものがこの森にあると言っている。
「ふーん、なるほどなるほど」
風沙梨は森からの情報を頭の中でまとめ、にやにやと悪そうな笑みを浮かべる。妖鉱石は大きければ大きいほど価値が高い。それが森に落ちているのならば、喉から手が出るほど欲しい。
「誰かに見つけられる前に行かなくては!」
風沙梨はうきうきで早速身支度を始めるのであった。
右手で赤い傘を差し、左手には妖鉱石を回収するための大きめの巾着を持った風沙梨。念の為に、いくつか戦闘用の妖鉱石も身につけていた。曇り空のせいで薄暗い森を、自分の庭のようにずんずんと進んで行く。
風沙梨は百年程この森に住んでいる。森の声を聞く能力で失せ物探しを請け負うこともあり、土地勘なら右に出る者がいないくらいだ。同じ目的の者がいないか、自慢の耳で周囲を探り、真っ直ぐ目的地へ向かう。
妖鉱石は風沙梨の家から北東の方で、ほとんど虹の森に近い場所だった。静かな野老屋の森に比べ、虹の森は住んでいる妖怪が多い。なるべく早めに回収したいところだ。
はっとして風沙梨は足を止める。誰かいる。地上ばかり警戒していたため、少し相手の接近に気づくのが遅れてしまった。相手は上だ。姿は見えないが、こちらに向かって飛んできている。妖力の気配を隠そうともしていない。敵意はなさそうだ。警戒しながら空を見上げていると、相手はものすごい速さで姿を現し、風沙梨のいる地上に降りてきた。
「どうもどうも、風沙梨さん!こんな日に会うとは奇遇ですね!」
「うわぁ」
「うわぁって何ですか、失礼な」
風沙梨はあからさまに嫌な顔をして、目の前の賑やかな朱燕を見た。傘は持っておらず、手には双眼鏡が握られている。だから上空から風沙梨を見つけられたのだろう。
「皐さんこそ、傘も差さずに何してるんですか?」
「ふふん、雨程度、私の能力でどうにでもなるのですよ」
皐は自慢げに巻物をちらつかせる。彼女は巻物に書いたことを引き起こす能力を持っている。
「私は雨に濡れないと書いてしまえば、傘など必要なくなるのです!これが真実です!」
「は、はあ……」
「まあ、私は亜静さんにちょっと頼み事をされましてね」
亜静といえば虹の森に住む魔猫だ。皐を鬱陶しがっているが、何だかんだ仲が良さそうな人物である。
「探し物ですか?」
「ええ。亜静さんが目をつけていた魔物に逃げられたとかなんとか。雨に濡れたくないからって私に探させるんですよ。全く人使いが荒いんですから。大型の魔物なんですが、こっちには来てませんよね?」
風沙梨は目を閉じて森に耳を澄ます。木々の視界を借りてざっと森を見て回るが、大型の魔物は見当たらない。
「いなさそうですね」
「ですよねぇ〜」
皐はもう疲れたとため息をつく。そして好奇心旺盛な目をして風沙梨を見る。嫌な予感がする。
「で、風沙梨さんは何を?こんな雨の日にわざわざお散歩ですか?村とも違う方向ですし」
「い、いえ、別に」
皐は情報屋を名乗っており、めぼしい情報があればしつこく詮索してくる。大きな妖鉱石があるなんて知られたら、絶対に一目見ようとついてくるだろう。
「ふふーん、私の目は誤魔化せませんよ。何か隠したいことがあるのですね?情報量は支払いますから」
皐が何種類かの妖鉱石をちらつかせる。大きさは三センチ程度の小さい物だが、店で定食を頼めるくらいの物だ。
普段なら飛びつく風沙梨だが、それよりも大きな妖鉱石が目的の今は動じない。何もないと皐に厳しい態度をとる。
「金欠で嘆いている風沙梨さんが妖鉱石に食いつかない。となると、妖鉱石絡みの何かですかね。ふーん」
皐はにやりと笑ってわざとらしく風沙梨の顔を覗き込む。図星を突かれた風沙梨は言い返せず、面倒臭さと苛つきの混じった視線で皐を睨む。
「魔物探しも飽きましたし、気分転換にご一緒させてくださいよ〜。安心してください、横取りはしませんから。私は幻夢界にある真実をこの目で見たいだけですよ」
「もう、勝手にしてください。どうせ追い払ってもつけてくるんでしょ」
「もちろん!」
「はぁ……。絶対カケラもあげませんからね!」
やっぱり妖鉱石なのかと内心で思う皐。
風沙梨は時間を食ってしまったと少し焦り、皐を引き連れて目的地へと再び進み出した。
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ゆがみん (月曜日, 01 7月 2024)
お疲れ様です
今回のメインキャラは風沙梨か!
いいですね。
組み合わせも申し分無し楽しい楽しいピクニックのように読んでます。
自称情報屋を語るだけあり皐も根掘り葉掘りと執念深さが流石ですね。
風沙梨の立場なら間違いなくうざくてたまらなくなりますね。
皐が亜静に頼まれている魔物は風沙梨の探す妖鉱石の場所で一悶着あると予想しよう。
次回が楽しみです。
幻夢界観測所 (火曜日, 02 7月 2024 00:22)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
なかなかメインになることのなかった風沙梨です。この二人の梅雨ネタは数年前から薄らとあったので、ようやく感があります。
あれこれうるさいのに逃げ足だけ速い皐、うざさの極みです。