歩くにつれ、小降りだった雨が勢いを増していく。空を覆う木の葉が多少の雨を防いでくれるが、葉から零れる大粒の雫が傘にぼとぼとと落ちてくる。
「本降りになってきましたね。まだ歩きそうですか?」
「もうすぐですよ」
傘を差さずにのびのびついて来る皐。少し羨ましいと思いながらも、風沙梨は辺りを見回す。正面に見えている低木の茂みを抜けた先が目的地だ。はやる気持ちと、この朱燕が余計なことをしないかという心配が入り混じる。皐よりも早く見つけてしまおうと、早足で茂みを回り込んで向こう側に出る。
そこの景色を見て、風沙梨は何となく違和感を覚えた。
「なんでしょう……荒れてるような」
ここは道もなく、年中落ち葉が積もっているのだが、ぬかるんだ泥と水たまりが目立つような気がする。
「そうですか?雨の影響じゃありません?」
風沙梨の疑問に、皐は気にしすぎだと笑う。妖鉱石を狙う輩がいないかと神経質になっているのだろうと、風沙梨は自分に言い聞かせる。そして足元の水たまりをできるだけ避け、妖鉱石を探し始める。
「で、どんな妖鉱石なんですか?属性は?大きさは?」
皐の質問攻めが鬱陶しい。無視して茂みの中や岩陰など、怪しい場所を覗いて回る。程なくしてその妖鉱石は見つかった。ぬかるんだ地面がむき出しになっている場所の水たまりから、青い石がほんの少し顔を出している。
風沙梨は思わず息をのみ、自然と忍び足になってそちらに近づく。足を踏み出すたびに泥がぐにょりと足形に形を変え、靴に水が染み込んでくる。不快感に口を歪めたが、その程度で足は止めなかった。皐がぶつぶつと文句を言いながらついてきている。
水たまりを覗き込む。水は茶色く濁っているが、突き出た青い石は間違いなく妖鉱石だ。
「おお、これが目的のブツですか?うーん、そんなに大きくは見えませんが」
皐に言われた通り、風沙梨も少し期待外れに思っていた。見たところ拳くらいのサイズだ。それでも普通よりは大きいサイズなのだが、特大サイズのものを想像していたため、現実を突きつけられたような残念さに風沙梨は肩を落とした。
「まあ、十分生活の足しにはなりますよね。中サイズくらいですか」
「貧乏な風沙梨さんにとっては思わぬ収入じゃないですか。良かったですね!」
「ふん!どうせ貧乏ですよ――あれ?」
皐を睨みながら、屈んで妖鉱石を拾い上げようとした風沙梨だが、その手は水たまりの妖鉱石を掴んだまま引き抜かれなかった。
「あ、あれ?これ埋まって……ぬけ、ない」
「そんな大げさな~」
皐がどれどれと妖鉱石に触れる。やはり引っこ抜けず、揺さぶろうにも周りの柔らかい泥がびくとも動かない。
「えぇ……岩サイズの物が埋まってるってことですか?こんなの見たことありませんよ」
「岩サイズ……!絶対に手に入れなければ」
風沙梨の目に炎が宿る。傘を放り投げ、服が泥水で汚れるのもお構いなしに、妖鉱石の周りの泥を掻き分けていく。皐は泥がかからないようにと数歩離れる。そしてずぶ濡れで地面を掘る風沙梨を観察して首を傾げる。
「水の妖鉱石ですか。こんな巨大な妖鉱石が隠されもせずに落ちてるなんて不思議ですね。野老屋の森にあまり人が来ないといっても、これほど力を持つ妖鉱石が埋まっていれば誰かに気づかれそうなのに」
「でもあるんですから、ラッキーじゃない、ですか!はぁ、はぁ……」
風沙梨は掬った泥の塊を放り投げ、肩で息をする。
「ついてきたんですから、見てないで手伝ってくださいよ」
「報酬は?」
「これの全貌が見れます」
「実際見たいのでそれでいいでしょう」
皐は巻物を広げ、筆で何かを書き始める。
「濡れたくなければこちらに来てください」
「もう今更なんでいいです」
「そうですか」
皐は警告しましたからねと言い、巻物から妖力の塊が浮かび上がった。それは風沙梨の掘っている妖鉱石の元へ飛んで行き、掘られて深く溜まっていた水を吹き飛ばした。風沙梨が顔面に泥水を浴びる。
「皐さん!!!」
「言ったじゃないですか」
「濡れるというか、汚れるじゃないですかこれ!」
「それも今更でしょう」
風沙梨は文句を言いながら袖で泥を拭い取る。一応妖鉱石周りの水が減り、作業はしやすくなった。この朱燕、自分の手は汚さないつもりだ。
膝が納まるほど深く掘ったが、妖鉱石はまだ抜ける気配がない。埋まっている部分はさらに太くなっており、半分も地表に出ていないのではないかと思えてくる。
「誰か応援呼びません?鈴葉さんはいないのですか?」
「師匠は今紅葉岳です。あまり他の人に知られたくないですが……」
このまま手で掘っていたら日が暮れてしまう。少し休憩と風沙梨は伸びをして体をほぐす。このままにしてここを離れるのも誰かに見つかりそうだし、どうしようかと必死に考える。
「私と皐さんじゃ攻撃術で掘り起こすなんてできないし、かといってこのままだと先に体力が尽きそうだし……やっぱり誰かに協力を――いや、知られたら独占できなく」
「私が手伝ってあげましょーか」
「ええ?いいのですか?」
突然背後からの協力者の声に、ついさらりと返事をした風沙梨だが、皐は目の前にいる。では背後にいるのは誰だ。飛び退くように皐の隣に行き、現れた人物を確認する。背丈は風沙梨と同じくらい低い少女で、鮮やかなオレンジの髪に大きな黒いツノ。背からは鱗に覆われた蝙蝠のような翼、太く力強い尾も赤い鱗に覆われている。赤い服を身に着け、金の装飾にはたくさんの妖鉱石が埋め込まれている。見るからに高貴な存在。
「あ、あなたは……!」
遠く離れた地で出会った龍人の少女。もう二度と会うことはないと思っていた幼き少女がいた。サルザン地方ドラグシラ王国女王、エリシア・ドラグシラだ。
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うわああああああああ!!! (月曜日, 08 7月 2024 06:23)
うわあああああああああ!!!!
エリシアだ!
エリシアが来ている!!!
やったああああああ!!!
うわぁ…うわぁ…ついにか!!?
テンション爆発しすぎてなんかおかしくなる。
ありがとうございます!!!
なるほどあの追加予定キャラは彼女でしたか…ふぁあああああ!!?
はい!
改めてゆがみんです。
風沙梨のがめつい性格が読むたびに癖になりそうなのと皐の好奇心がよりふんだんに散りばめられている感じがとても良かったです。
大きなカブのように埋まっている妖鉱石は果たして抜けるのか!
楽しみですね。
次回にはきっとエリシアが挿し絵で来るはずを期待して待ってます。
幻夢界観測所 (月曜日, 08 7月 2024 23:22)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
エリシアが陽の目を浴びました、雨降ってるけど。
風沙梨はお金のことになると鈴葉を振り回すくらいがめついです。皐は相手が風沙梨じゃなかったらボコられてますね。
エリシアは果たして助っ人として機能するのか。女王なのに……。