「おお、ドラゴン!この辺に絵都子さん以外にもいたんですねぇ」
「違いますよ、この方、エリシアさんはサルザンにいるはずです」
「さる……?」
何のことだと首を傾げている皐をそのままに、風沙梨はエリシアをまじまじと観察する。荷物も傘も持たずに雨に濡れている少女は、驚いている風沙梨を見て得意げに胸を張っている。
「久しぶりね、風沙梨!」
「ど、どうもお久しぶりです。どうしてあなたがここに?」
「鏡の人に連れてきてもらったのよ」
あいつかと風沙梨は頬を引きつらせる。鏡を使ってあらゆる場所に転移することのできる胡散臭い操り人形。余計なことばかりし、へらへらと舐めた態度を取る彼女と、風沙梨は最悪に相性が悪かった。エリシアのような一国の女王を誘拐してくるとは、何を考えているのだ。
「鈴葉に会いたかったのに今いないらしいじゃない。暇だから帰ってくるまでこの辺で遊ぼうと思って」
そういえばエリシアも鈴葉に懐いていたなと風沙梨がむっとしていると、エリシアは足元のぬかるみも気にせず、風沙梨の掘っていた穴まで小走りにやってきた。装飾のついた靴が泥に沈む。
「ちょっと、駄目ですよ!靴下まで汚れちゃってるじゃないですか!ってか傘差しましょうよ!女王様がずぶ濡れになってるなんて知られたら大変ですよ!」
「いいわよ。泥なんて洗えば取れるでしょ?雨も気持ちいいしこのままでいいの!ところでこれ何?宝石?」
エリシアの立場を気にして小言を言う風沙梨と、それを無視して無邪気にはしゃぐエリシア。皐は二人を見ながらふむふむと考えをまとめる。
「異界送りさんの力で遠方の……さるざん?の女王と知り合い、その方がこっちに来てると。これはいろいろ知れそうですね、今日はついてます。
あー、ほら、風沙梨さん。手伝ってくれるって言ってましたし、ここはお言葉に甘えましょうよ!巨大妖鉱石が待ってますよ」
「これ妖鉱石なの?おっきいわね!」
皐の言葉で風沙梨の視線が妖鉱石に向き、エリシアもしゃがみこんで妖鉱石に触れる。服の裾がどろどろになっているが、どうでもいいらしい。
「もう……怒られても私たちは巻き込まないでくださいよ。手伝ってくださるのは助かります。報酬もいらなさそうですし……」
「任せなさい!」
風沙梨が最後にぼそり呟いた言葉は聞こえなかったようで、エリシアはやる気満々のドヤ顔で肩を回してみせる。何か策があるのかと、風沙梨と皐は黙って見守る。
エリシアは足を開いて腰を落とし、妖鉱石を両手で掴む。妖鉱石全体の大きさを確かめるように揺する。風沙梨と皐が同じようにしてもびくともしなかった妖鉱石が動き、地面と石の間にわずかな隙間ができた。
「さすがドラゴン!私たちとはパワーが違いますね!」
皐が感心して妖鉱石を覗き込む。
「かなり深くまでありそう。一、二メートルどころじゃないわ」
「でかすぎるでしょう!?」
風沙梨が思わず叫ぶ。エリシアはさらに妖鉱石を揺すり、引っこ抜けないかと試してみるが、龍人の力をしても無謀な挑戦だった。ぐぬぬと歯を食いしばって力を込めるエリシア。力んだせいか、口の端から炎が噴き出す。側で覗き込んだいた皐が、間一髪で飛び退いて焼き鳥になるのを免れた。
エリシアが奮闘し、風沙梨も地面を掘る。皐はやはり直接手伝うつもりはないようで、二人を眺めながらエリシアにサルザンのことを質問攻めにしていた。
そして三十分程経ち、穴は風沙梨の足が納まるほどの深さになった。それでも底が見えない妖鉱石。土は柔らかめであるが、素手で掘っていた風沙梨は指に痛みを感じていた。水を含んだ土を投げ飛ばしていたため、腕もだるく重い。風沙梨は休憩と言って穴から這い出て腰を伸ばす。欲望と諦めの選択が風沙梨の脳内でぶつかり合う。
「もう明日にしません?ちゃんと道具とか用意して――って、私がスコップとか持ってこればよかったのでは?」
「そうですよ、特等席でわーわー騒いで……。とはいえ私も目先のことしか考えていませんでした。我々馬鹿なのでは」
風沙梨と皐のテンションが下がる中、穴に入っていたエリシアがぎゃっと悲鳴を上げた。風沙梨がぐったりしながら様子を見る。
「どうしました?」
「揺すってたら、妖鉱石が動いた!」
「もうすぐ抜けそうってことですか?」
「違うの!生きてるみたいに動いたの!」
何を言ってるんだと風沙梨は溜息を一つ吐く。直後、地面がぐらりと揺れた気がした。エリシアが穴から出てきて、見てと妖鉱石を指さす。
妖鉱石がもぞもぞと動いている。そしてやはり地面も合わせて揺れている。地震ではない。
「下がって!」
エリシアが鋭い声で言い、穴から距離を置く。何が何だか分からないまま、少し遅れて風沙梨と皐もエリシアに続く。
先程まで三人が立っていた地面が盛り上がり、地中から何かが出てくる。お目当ての妖鉱石も土の塊と共に盛り上がっている。
「こ、これは……」
地中にいたものが地上に姿を現す。四、五メートル程の巨大なカエルのような魔物。背にはいくつもの巨大な水の妖鉱石が生えている。風沙梨たちが掘り起こそうとしていた物もそこにある。
「ああーーー!これ亜静さんが言ってたやつですよ!そこらにいる魔物とは桁違いに強いんですって!魔物まで見つけられるなんて、今日は本当についてますね!」
皐が指を立てて説明し、はははと笑う。巨大ガエルは眠そうに欠伸をした後、三人を視界に捕えて舌なめずりをする。
「何がついてるですか!そんな強い魔物にめちゃくちゃ狙われてますよ、私たち!」
風沙梨が半ば発狂して皐を怒鳴りつける。皐は笑顔のまま風沙梨をなだめる。
「落ち着いてください風沙梨さん。こんな化け物に私たち雑魚は手が出ません。できることは一つ」
皐は目をかっと開き、身を低くする。
「逃げるのみ!!!」
自前の素早さで逃げた。走るのと変わらない高さで飛び、木々を上手く避けてその場から消えて行った。
「空はやめた方がいいですよー!ハエと思われてぺろりです!」
皐の言い残した忠告が既に遠い。耳の良い風沙梨がかろうじて聞こえるくらいだった。呆気に取られていた風沙梨だが、我に返って皐の逃げた方へ走り出す。
「エリシアさん!行きましょう!」
「どこに?」
「どこって、とにかく逃げるんですよ!!」
エリシアは立ち止まったまま不思議そうに首を傾げる。巨大ガエルの目はエリシアをロックオンしており、無防備な少女を食らおうと狩りモードになっている。
「エリシアさん!!!逃げて!!!!!」
風沙梨の叫びと共に、巨大ガエルの口から高速で舌が発射された。
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ゆがみん (月曜日, 15 7月 2024 04:11)
久々の更新に思えます。
ゆがみんです。
以前の読みは惜しくも外れてしまいましたが妖鉱石と混じってる魔物は盲点でした。
大きなカブ方式みたく三人で一緒に引っこ抜く場面もあり得たのかな?と感じた次第です。
エリシアに関しましても今回の文章の終わり辺りの局面からカエル瞬殺フラグなのでは無いかと推測し楽しみにしています!
幻夢界観測所 (月曜日, 22 7月 2024 00:18)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
妖鉱石関連で魔物が登場しているので、正解です!
妖鉱石だけ引っこ抜けたら大喜びでしたが、余計なものがついてきてしまいました。うまい話はないんてすねぇ。
エリシアは間違いなく風沙梨と皐よりは強いです。果たしてカエルの運命は……!?