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雨の妖鉱石4

 エリシアは危険を察したのか、少し横にステップを踏むようにして振り返った。エリシアのすぐ隣でカエルの舌が空振り、口の中へ引っ込められる。危なかったと風沙梨は胸を撫でおろすが、脅威が去ったわけではない。エリシアを連れて逃げようとするが、龍の少女は興味深げにカエルを眺めて動こうとしない。

「風沙梨はあの石がほしいんでしょ?体から引っこ抜けるのかしら?」
「もう妖鉱石はいいです!早く逃げ――」

 風沙梨が言い終わる前に、エリシアが大きく息を吸う。そして巨大ガエルを丸々飲み込むくらいの炎のブレスを吐く。カエルの姿がブレスで全く見えなくなる。風沙梨があんぐりと口を開けている間、エリシアは息が続く限り炎を吐き続けた。数十秒後、エリシアはブレスを止めて吐き出した分の息を吸った。少し得意げな表情をして見せる。
 ブレスはカエルを通り越した森まで焼き尽くしていた。雨で湿っていた木ですら灰に変え、低木や地面の落ち葉が炎を上げて燃えている。
 そんな中カエルはというと、火傷をした様子もなく、驚いて引っ込めていた目玉を開いてエリシアを見下ろしている。

「すっごーい、魔物のくせに私のブレスが効かないなんて」

 エリシアは危機感のない声で感心している。カエルは完全にエリシアを敵と見なし、ずしりと前足を踏み出す。対するエリシアもやる気に満ちた笑顔で攻撃に備えて身構える。

 どうして戦うことになっているのだと風沙梨は内心で嘆き、低木の影に身を潜める。一人で逃げるのも良心が痛み、自分の力ではやる気のエリシアを止めることもできない。仕方なく安全圏からサポートするという、いつも鈴葉にしている役割をすることにした。
 睨み合いが続く中、風沙梨はカエルを観察する。エリシアの炎が効かなかったのはどうしてだ。シールドを張ったり、防御術を使った様子はなかった。属性で軽減したのだろうか。エリシアの炎属性に優位な水属性。水の妖鉱石を背中に生やしていることから、カエルが水属性であることは予想がつくが、相当の威力があるエリシアの攻撃を無傷でやり過ごせるほど、属性の有利不利は明確なものではない。であれば特殊能力だろうか。

 カエルがまた一歩エリシアに近づく。その時、カエルの周囲で燃える炎の光が反射し、カエルの体がぬらりと光った。粘膜。よく見ると全身がかなり粘度の高い粘液で覆われている。どろりと体を伝い落ちるくらい分厚く生成されており、あれが炎から身を守ったのだろう。

「エリシアさん!カエルの粘液が炎を妨害しています!」

 風沙梨はカエルに気づかれないように、音を操る能力を使ってエリシアの耳元に声を送った。エリシアがびくりと辺りを見回し、気持ち悪そうに耳を撫でている。

「遠くからサポートしますので慣れてください!」
「わ、分かったわ。粘液ね!それが干からびるまで燃やし尽くせばいいってことよね!」
「脳筋な……。森への被害は最小限でお願いしますよ……」

 エリシアは再びブレスを吐く。今度はブレスの範囲を絞り、頭だけを狙う。一点集中で粘液を乾かせてダメージを与えようとしている。カエルは鬱陶しそうに頭を振り、巨体からは信じられない程の軽々とした跳躍をする。エリシアがぎゃっと叫んで素早く後ろへ逃げる。ずしんと大地を揺らしてカエルが着地し、ぬかるんだ泥と水を周囲にまき散らす。踏みつぶされるのを回避したエリシアだが、泥水を頭からかぶってしまった。
 気さくな性格だがエリシアは王族。まずいと風沙梨は肝を冷やしてエリシアを見るが、本人は目をキラキラさせていた。

「あっははーーー!泥遊びみたいで楽しい!こういうのやってみたかったのよねー!風沙梨!後でカエルごっこしましょ!」
「い、嫌です……。それより、集中してください」

 エリシアの攻撃から逃れたせいか、カエルの頭は雨と再び分泌された粘液で潤っている。徐々に雨も強くなっていて、カエルが戦いやすい環境になっていく。
 カエルの背中の妖鉱石が光を放つ。カエルの周囲にいくつもの水の塊が生成される。そこからエリシアに向かって高速で水が噴射される。エリシアは木々の間を縫うように飛んで回避する。発射された水は木の幹をへし折り、岩を砕き、全ての遮蔽物をなぎ倒してエリシアを追いかける。エリシアを捕らえようと、カエル自身の舌も飛んでくる。

「エリシアさんこっち来ないでください!!私も巻き込まれます!」
「そんなこと言ったって、結構避けるの大変、きゃっ」

 エリシアは鼻先ギリギリで水鉄砲を回避する。

「カエルの聴覚を惑わせますので、なんとか隙を突いて方向転換してください!」

 風沙梨はカエルに妖力を向ける。木が倒れる音、エリシアの羽ばたく音、雨の音などを集め、カエルの周辺で大音量に変える。急に周りで爆音がし、カエルは新手の敵かと周囲をキョロキョロと警戒する。正確な聴力を失い、エリシアの気配も見失ったカエルは攻撃を止める。

「助かったわ」
「今のうちに逃げましょう」
「嫌よ、倒すの!逃げるなんてカッコ悪いでしょ!」
「攻撃が効かないのにどうやって倒すんですか!無理です、撤退も立派な作戦ですよ!」
「いーやー!!!」

 エリシアが腕をぶんぶん振り回して駄々を捏ねる。なんだこの子供はと風沙梨が呆気に取られていると、カエルが暴れ回るエリシアを視界に捕らえた。反射的に舌が発射され、騒いでいたエリシアは気づかずに捕まってしまった。

「あ」
「え、エリシアさん!!!!!」

 抵抗する間もなく、エリシアはカエルの口の中に消えて行った。

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コメント: 2
  • #1

    ゆがみん (水曜日, 24 7月 2024 01:46)

    今回も読ませていただきました
    ゆがみんです。
    エリシアの未知なる好奇心には可愛さがたくさん詰まっていて読み応えがありました。
    腕をブンブン振り回すあたり精神の幼さを感じました(かわいい)
    無邪気と自由奔放なドラゴンに振り回されてしまう風沙梨も仕方無しでも相乗りをしてて…個人的にキャラとして大好きです。
    あーもう!みたいなかんじが好きです。
    我が身大事な場面でもサポートに徹するような感じでよかったです。
    最終的に口の中から炎を吐きカエルは退治されるのだろうと予想。
    倒された後に朱燕がひょいっと亜静とでてきそうですね。
    次回も楽しみにしてます。

  • #2

    幻夢界観測所 (月曜日, 29 7月 2024 00:00)

    ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
    まっすぐだけど少しわがままなエリシア、まさにわんぱくキッズです。風沙梨が突っ込める常識人で助かります……。
    普段鈴葉に振り回されてサポートに徹していた経験が活かされたようです。
    がんばれ、小さきものたち!