何となく嫌な予感がした風沙梨に、亜静は作戦を耳打ちする。その予感は的中し、本当に大丈夫かと風沙梨は首をひねる。大まかな内容は、爆薬を持った皐を囮にしてカエルに飲み込ませ、皐を脱出させてから体内で爆発させるというものだった。
「龍の子からあんなに熱心にカエルのこと聞いてるし、飲み込まれたいみたいで助かるわ」
「何というポジティブ解釈」
「皐にはもちろんこの作戦は教えない。あなたの能力で、私の指示を伝えてほしい。龍の子には援護をしてほしいけれど……この雨だと炎はあまり効果的ではないかしら」
「いえ、エリシアさんの炎なら雨程度で弱まらないと思います。カエルの気を引くくらいならできると思いますよ」
亜静はなるほどと少し考え、作戦がまとまったのか、よしと頷く。
「それじゃ、早速始めましょう」
作戦開始の言葉に、風沙梨はごくりと唾を飲み込む。あらかじめ展開を決めていても、状況によって臨機応変な対応が求められるのが戦闘。行動するよりも考え込む癖のある風沙梨が苦手とすることだ。しかし今回は亜静という指揮官がいる。きっと大丈夫だと心で唱え、己を奮い立たせる。
亜静は先ほどポケットから取り出した試験管を指でくるりと回す。
「皐、これを!」
青い液体が入った試験管、爆薬を皐に向かって放り投げる。呼ばれて顔を上げた皐が宙を舞う爆薬を見て驚き、慌てて両手でキャッチする。
「落としたらどうするんですか!」
「素早いあんたなら受け取れるでしょ。それより、皐にしかできないことを頼みたいのだけれど」
「私にしか?」
「ええ。その爆薬は超強力なのだけれど、一定量以上を相手に直接かけないといけないの。これがあればあのカエルを仕留められるわ。そこで、ここで一番素早く動ける皐に頼みたいのよ」
その後も亜静があれやこれやと皐を説得するために説明を続ける。全て嘘だ、あれはいつも亜静が持ち歩いてる普通の爆薬だ。事前に皐を騙すと聞いていた風沙梨は、口が達者だなあと半分呆れて二人を見守る。皐はおだてられて、だんだんやる気の表情になっていく。
「し、仕方ありませんね。亜静さんがそこまで言うなら頼まれてあげなくもないですよ。その代わり、後で魔物のことたくさん教えてもらいますよ」
「さすが真実を追い求める情報屋ね、さあ、お願い」
「お任せください!」
二人が話し合っている間に、亜静に怯んでいたカエルも立ち直っていた。皐が高速で空へ飛びあがると、カエルの目が獲物を察知してギョロリと後を追う。
「エリシアさん!ブレスで皐さんをサポートする、フリをしてください!」
エリシアの耳元に能力で声を届ける風沙梨。皐に聞かれないよう、不審に思われない行動を全員でとる。
「わかったわ!って、フリ?どうして??」
「ま、まあ、とりあえず適当に火吹いていてくださ……あ、そ、そう!あの爆薬引火すると大変みたいなので、カエルの気を引く程度に、ですって」
「は、はあ……」
エリシアは怪訝そうに首を傾げるが、亜静が何度も頷いて助長するので、分かったとカエルの方を向く。
皐はカエルの舌が届かない高さまで飛び、上空からどうやって接近しようか様子を伺っている。そして地上ではエリシアが適当に炎を吐く。
「皐さん!エリシアさんがカエルの気を逸らしているうちに爆薬を!」
「おお、風沙梨さんですか、びっくりした。了解です!この下異原皐にお任せあれ!」
調子に乗っている皐は、エリシアや風沙梨のサポートがあるなら大丈夫だと、カエルに向かって降下していく。
相手のカエルは上位魔物。動き回るエリシアを無視して、簡単に捕まえられる風沙梨を狙う判断ができる存在。カエルは適当に攻撃しているエリシアに気を取られるはずもなく、こちらへ向かってくる愚かな朱燕を真っ直ぐ狙い定めていた。舌が伸ばされ、水弾が発射される。
雑魚と言われる朱燕の皐だが、戦闘力はなくとも素早さだけは評価されている。体を傾かせたり回転して間一髪で攻撃をかわしながら、猛スピードで接近する。そしてカエルの背後に回ると、試験管の栓を開けて爆薬をカエルに注ぐ。
つもりだった。
「あ、あれ」
皐は顔を真っ赤にして栓を抜こうとするが、栓は試験管にぴったり蓋をして動かない。皐が苦戦している間にカエルは体の向きを変え、空中で静止している朱燕に舌を巻き付けた。
「やったわ!」
「う、上手くいきましたね……」
「ぎゃあああ!!!亜静さん助けて!!!って、何ガッツポーズしてるんですかああああああああああ」
皐は悲鳴を上げながらカエルの体内に取り込まれていった。何も知らされていないエリシアはカエルと風沙梨たちを交互に見て混乱している。
「さあ、頼むわよ」
「はいっ!」
第一段階の爆薬を飲み込ませることは成功。次は皐だけを吐き出させる。そのためにエリシアには作戦を伝えなかったのだ。風沙梨は膝から崩れ落ちる渾身の演技を披露し、うな垂れてエリシアに能力で話しかける。
「エリシアさん……皐さんが……。私たちの大切な友人が食べられてしまいました……。彼女の力では自力で脱出はできないでしょう。もう、皐さんは……」
両手で顔を覆い、嗚咽交じりに言う。演技をする。
「風沙梨……」
エリシアは気まずそうに、風沙梨を慰めようと数歩近づく。まだだ。これでは足りないと風沙梨は頭をフル回転させる。
「皐さんは、師匠とも仲がいいんです……きっと師匠もとても悲しみます。ううっ、皐さん、師匠」
どうして人を騙すために全力で演技をし、鈴葉の名前まで出しているのだろうと虚無になる風沙梨。しかし、鈴葉の名前でエリシアの表情が変わった。
「鈴葉の友達……!鈴葉を悲しませるなんて、許せないっ!」
一気にエリシアの怒りが最高潮に達する。抑えきれない妖力がエリシアの口から炎となって溢れ出る。彼女の能力、感情を炎に変える能力。怒りや恐怖など、強い感情がそのまま炎の威力を底上げするものだ。風沙梨がさらっと亜静にエリシアの能力を伝えると、それを利用しようとエリシアを怒らせる流れになったのだ。鈴葉大好きエリシアはカエルを鋭い瞳で睨み、龍のような低い唸り声をあげている。遊びでカエルと戦っていた時とは別人のようだ。
「皐さんを助けるには、カエルの口を長時間開けさせる必要があります」
「簡単よ!舌を捕まえて燃やして引っこ抜いてやるわ!」
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ゆがおじ (水曜日, 14 8月 2024 15:37)
いつもお疲れ様です
頭脳派亜静の参加により一気に形勢は逆転する展開。
何だこの諸葛孔明展開。
苦戦からのじわじわとスピーディー活円滑な戦い。その場で揃った連携とは思えぬほどに読んでいて気持ちよかった。
皐はほんと都合がいいように使われてて可哀想な気がするけど役に立たないよりかはいいっか!(おいこら)
なんと言っても最期のエリシアの竜としての真の威力が発揮されそうな場面でお預けとは次回の期待の持たせ方が上手い!
次回も楽しみにしています
幻夢界観測所 (水曜日, 14 8月 2024 15:58)
ゆがおじさん、コメントありがとうございます!
皐が食べられてるのを少し楽しんでそうな亜静さん。実験の一つくらいにしか考えていないのかもしれない……。
煽てられた皐に怒るように仕向けられたエリシアに……みんなちょろいですね。
きっと次回はエリシアとカエルの再戦です!!