エリシアは翼を広げてカエルの前まで飛び、顔面に炎を吹きつける。少し前の戦闘よりも段違いに威力が増した炎。カエルの粘液で防がれて大したダメージにはならないが、熱さを感じたのかカエルが少したじろぐ。炎を嫌って、水を集めた壁を顔の前に作り出す。
エリシアが戦っている間に、風沙梨も別の準備を始める。
「皐さん、聞こえますか」
「こ、これは!?風沙梨さん?」
「能力で話しかけてます。今、エリシアさんがカエルと戦闘しています。カエルが大きく口を開けた時に私が合図しますので、その時に皐さんは体内から脱出してください」
「めちゃくちゃな指示ですね……生き延びるためには何だってやってやりますよ」
「あ、亜静さんの爆薬はそこに置いてきてくださいね」
カエルの体内にいる皐に連絡をし、風沙梨は亜静にグッと親指を立ててみせる。亜静も了解と頷いて返す。
「それにしても、厄介ですね。雨のせいでカエルにダメージを与えても、すぐに回復されています。エリシアさん、カエルに大ダメージを与えられるでしょうか」
「何とかしてくれるでしょう。ドラゴンだし」
エリシアに謎の信頼を持つ亜静。確かに龍種は強力な力を持つ者が多く、エリシアも実力者ではあるが、風沙梨には相性が悪いように見える。同じ実力者の亜静には何か分かるのだろうか。
「ん……?」
風沙梨は考えていたことをもう一度思い返す。実力者の亜静……。そうだ、亜静もかなりの実力の持ち主である。カエルが亜静を見て怯む程だったではないか。
「あの、亜静さんも加勢すればいいのでは?皐さん犠牲にしなくてもいけたのでは……?」
「まあ、私とあのドラゴンっ子なら皐なしで倒せると思うわ」
「だったら――」
「これは私の都合だけど、ちょっとタイミングが悪くてね。満月が近いから、あまり暴れたくないのよ」
亜静は月の魔力に大きく影響を受ける種族であり、満月の日は凶暴気味になるらしい。戦闘で暴れて自身の力が制御不能になる危険もあるため、大人しくしていたいということだろう。仕方ないかと風沙梨は納得する。
「いざとなったら加勢するわ」
「分かりました」
亜静がボソリと、汚れたくないしと言ったことには目を瞑った。
会話をしている一方、エリシアはカエルとの攻防を続けていた。炎と水と、両者遠距離攻撃で相手を牽制し合っている。エリシアはカエルが舌を伸ばしてくるのを待っているが、また体内で火を吐かれたら堪らないと、カエルはエリシアを飲み込もうとはしない。
「むかつく!」
思い通りに行かない状況がさらにエリシアを苛立たせる。炎の温度が上がる。
「猫の人!」
「はい?」
急にエリシアに呼ばれて、亜静はきょとんとする。
「さっき風沙梨に張ってたシールド、私にもお願いできる?少し時間稼ぎしてほしいわ」
「それくらいなら、まあ」
亜静はエリシアに手をかざすと、彼女の正面に見えないシールドを張る。時間稼ぎのため、五枚程のシールドを重ねて強度を増させる。
エリシアはありがとうと早口に言うと、大きく息を吸い込んだ。そして口から炎を吐き出すのだか、射出せずに口元で溜めて火球を生成し始める。カエルが消化しようと水を放出してくるが、亜静のシールドがそれを受け止める。
火球はエリシアの体よりも大きくなり、カエルと同じくらい巨大な塊になった。何度もカエルの攻撃を受け止め、最後のシールドにひびが入る。そしてシールドが割れると同時に、エリシアは火球を発射した。小さな太陽の進むスピードはそれほど速くないが、雨もカエルの攻撃も蒸発させ、標的を飲み込まんと一直線に進んで行く。
カエルもこれには防御のシールドを展開する。水を纏わせた壁を自身の周りにドーム状に張り、大技を防ごうと――せめて威力を軽減させて粘液で防げる程度にしようとする。
「させないわ!」
エリシアは翼を羽ばたかせ、火球よりも先にシールドまで辿り着く。両手足に妖力を纏い、殴る蹴るとシールドにダメージを与えていく。しかし水のシールドは激しい雨のせいで耐久度が増し、簡単に壊れない。火球が迫る。
「カエル程度に、龍が負けてたまるか!」
エリシアは両手を大きく広げる。同時にシールドの左右に巨大な龍の牙のようなエネルギー体が現れる。
「いっけえーーーーーーーーー!」
エリシアはさらに口からブレスを吐き、シールド全体に炎を行き渡らせる。意志を持ったようにシールドを覆い尽くした炎は水を蒸発させる。そしてエリシアが両手を伸ばしたまま正面で合わせると、エネルギーの牙も合わせて動き、シールドを左右から挟み込む。炎で焼かれ、回復力も失ったシールドはすぐにひびが入り、巨大な龍の顎に噛み砕かれた。エリシアが高くに飛び上がると、先程までエリシアがいた場所を火球が通り抜けて行った。
カエルを守るものは自前の粘液のみ。しかし、シールドで威力を殺せなかった火球はカエルの粘液から水分を奪い、カエルの皮膚を焦がす。火球がカエルに衝突し、カエルは爆炎に包み込まれた。追い打ちにエリシアが急降下してカエルの頭を思いきり蹴りつける。粘液を失い、焼かれた皮膚に攻撃を受けたカエルは大きく口を開けて悲鳴を上げる。
「皐さん!今です!!」
風沙梨が能力で皐に呼びかける。カエルの口の中から渦巻く風が吹き出し、中から皐が飛び出してきた。
「せ、生還!って、あっつ!!!」
胃液塗れの皐。カエルを焼き尽くす炎に驚いて、急いで風沙梨と亜静の方へやってくる。
「皐さん臭い……近づかないでください」
「ひどい!エリシアさんとはハグしてたくせに!」
「あの時のエリシアさんも臭かったです」
なんだかんだ言いながら、風沙梨も皐の無事を喜んだ。その隣で亜静が一歩前に進み出る。
「さあ、やるわよ」
亜静がぱちんと指を鳴らす。少ししてカエルの方からボムッとくぐもった音がした。カエルが苦し気にもがき、口の中から黒煙が上がる。
「まさか、爆薬?」
「ええ。あの試験管、私が合図すれば栓が開いて爆発するようになってるのよ」
「……私のこと囮にしました?」
皐が亜静の肩を掴んで揺らすが、亜静は爆薬の仕組みを自慢げに語るだけだった。
そんな二人を見て風沙梨はふふっと笑う。なんとかカエルを倒せた。安心と達成感で、ただただ心が軽くなった。
「みなさん、お疲れ様です。やりましたね」
風沙梨がそう言い、皐と亜静もじゃれ合いながら頷く。
ただ一人、エリシアだけが空中から黙って焼けるカエルを見つめていた。息を切らしているがその瞳は鋭いままで、いつでもブレスが吐けるようにと喉奥に炎を揺らめかせている。まだ怒っているのだろうかと、風沙梨は心配して声をかける。
「エリシアさん、皐さんは無事ですよ?もう大丈夫です」
「何言ってるの、まだよ。こいつ、まだ生きているわ。回復してる」
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ゆがみん (日曜日, 25 8月 2024 06:15)
エリシアめちゃめちゃ頑張ったのにかなりしぶといカエルさん。
強すぎる…
今回戦闘シーンがかなり長めだからオチがどんな感じになるのか楽しみです。
幻夢界観測所 (月曜日, 26 8月 2024 00:19)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
がっつり戦闘になってしまいましたね。しぶといカエルですが、エリシアのおかげで相当弱っているはず……!
もうそろそろ決着が着きそうです^^