まさかと風沙梨はカエルの方を向く。体表は黒く焦げ、大火傷を負っている。腹ばいに地に伏していて、反撃してきそうな様子はない。
「地面よ」
エリシアが地上を指差す。周辺の大地を浸していた雨水が、カエルの足元に集まっている。そして激しく降っていた雨は小雨になり、すぐに止んでしまった。カエルの周り以外では。
「ど、どうなってるんですか……!?天候が……」
「きっとあの妖鉱石ね」
戸惑う風沙梨に、次は亜静が説明する。
「カエルの背中の妖鉱石の仕業よ。雨を降らせて、いえ、集めて回復しようとしてるのね」
カエルの背から棘のように生えている、いくつもの水の妖鉱石。それらは力を発動して青く輝いている。
「ですが、最初より小さくなってますね。半分くらい縮んでいるんじゃないですか?」
皐に言われ、風沙梨も確かにと頷く。カエルの異常な耐久力は、妖鉱石のエネルギーによるものだったのだろう。
「ちょっと見くびってたわね」
「どうする?今が仕留めるチャンスだけど、私しばらく炎吐けないわ」
エリシアがけほっと口から煙を吐き出し、亜静に何とかしてくれと訴える。風沙梨と皐がエリシア以上にダメージを出すこともできない。もう亜静しかいないのだ。
三人の視線が集まる中、亜静は迷ったように目を泳がせ、うーんと少し考える。そしてはっと何か閃いたのか、右手に巨大な闇属性の槍を作り出した。
「皐、武器よ」
「私ですか!?無理無理無理!!」
「龍の子にも手伝ってもらえばいいわ」
亜静は首を横に振る皐に、ひょいと槍を投げた。無理矢理キャッチさせられた皐は、エリシアに槍を押し付けようとするが、エリシアはどうすればいいんだと疲れた顔でため息をつく。
「皐の能力で槍の威力、皐と龍の子の飛行速度、あと風沙梨の能力も強化して」
「そんなにいっぱい強化に妖力を使ったら、私飛ぶ力無くなっちゃいますよー」
「じゃあ飛行速度は龍の子にだけでいいわ」
皐は槍をエリシアに渡し、ほっと胸を撫で下ろす。そして巻物を広げ、筆先を妖力のインクで満たす。
「一体どうするつもりですか?」
皐が巻物に筆を走らせながら、亜静に作戦内容を尋ねる。
「簡単よ。風沙梨が音でカエルの気を逸らして、龍の子が槍をカエルに突き刺す。あんたの方が素早いから槍を渡したけど、あの子でも大丈夫でしょう。パワーもありそうだし」
「任せて!それくらいならできるわ!」
エリシアが身長より大きい槍をブンブン振り回して軽々と宙に浮く。
皐は言われた通り槍とエリシアに強化の術をかけ、風沙梨にも術を施そうと体の向きを変える。少し額に汗が滲んでいる。
「それじゃ、風沙梨さんにもかけますよー」
「ま、待ってください!」
風沙梨は両手を突き出して皐を制止する。どうしたのかと三人が目をぱちくりさせる。
「私の能力はもうカエルには効きません。妖力を覚えられているので不意打ちもできませんし、惑わすのも抵抗されてします。私にはエリシアさんのサポートはできません」
無力な自分が悔しい。だが、もうカエルにどんな手も通用しないのは実証済みだ。
「大丈夫よ。皐の強化もあるし、カエルも弱って余裕がなくなっている。あなたの能力なんて忘れてる頃でしょう。もう少し自分の力に自信を持ちなさいな」
「そうですよ!ほーら、力が湧いてくるでしょう?」
亜静と皐に言われた風沙梨は、でもとぼそぼそ弱音を吐く。皐の強化で力が増強されたのは感じる。それでも、もし自分のせいでエリシアが危険にさらされると思うと耐えられない。カエルにエリシアが飲み込まれた時の虚無感や、自身が殺されそうになった場面が、トラウマとなって脳裏に焼きついている。とことん戦闘に向かないメンタルをしているなと、自分のことながら呆れる。
「風沙梨!あんたなら大丈夫よ!いつも鈴葉のサポートしてるんでしょ!任せたわよ!!」
エリシアはそう言って空高くへ飛び上がる。雨が止んだ空には、雲間から久しぶりに太陽の光が覗いていた。
亜静が風沙梨の隣に来る。
「この野老屋の森はあなたの味方でしょ?森の力を信じなさい、木霊さん」
「森……」
野老屋の森から生み出された木霊の風沙梨。森の声を聞き、森の力を与えられて森を守護する存在。この魔物は野老屋の森にいるべきではない相手だ。軽く森が荒らされていた程度だが、こんなにも凶暴な魔物を野放しにしていれば大きな被害が出るかもしれない。
自分が森を守らなければ。一人ではできないから、仲間の力を頼って。
「皐さんの強化で、変に自惚れちゃうそうです。ええ、やりますよ!」
風沙梨は妖力を集中させ始めた。
カエルは雨を集中させて少し動けるようになったのか、上を向いて雨をガブガブと飲んでいる。爆破させられた体内を癒すためだ。その目は空飛ぶエリシアを捉えている。
カエルの背中の妖鉱石がさらに光を強くする。カエルの周りに無数の水弾が生成されると同時に、妖鉱石の一つが砕け散った。カエルは妖鉱石を使わないと攻撃術も打てないほど弱っている。
エリシアは素早く飛んでカエルの水弾をかわしていく。飛行速度の強化のおかげで、余裕ですいすいと攻撃を避けられている。
カエルはさらに妖鉱石を消費して、自身の周りに水の壁を作る。シールドではないただの水だが、その自らは妖力を感じる。触れれば体力を奪われるとエリシアは直感で察知する。
「風沙梨!お願い!」
「はい!」
風沙梨は大きく息を吸い込むと、ありったけの妖力を乗せた大声を出した。亜静と皐が耳を塞ぐ。
声を増強、集中させ、ブレスのように直線上へ発射する。音波は空気をガンガン振動させ、水の壁にぶつかる。水の壁に穴が空き、エリシアがそこに飛び込む。
「皐さん!私にさらに強化を!」
「いや、もう妖力切れで……あれ?」
皐は断ろうとし、不思議そうに右手の筆を見つめる。
「回復してる……?」
皐ははっと自身の足元を見る。地中からツタ植物が一本伸び、皐の足首に巻きついている。風沙梨の治癒術、森の力を借りたものだ。
「『風沙梨さんの妖力を大幅に強化』」
皐はにししと笑い、巻物にそう記す。風沙梨は再び強い力が湧き出すのを感じる。
水の壁を突破されたカエルは、背中の妖鉱石全てを砕き、力を全て水弾に変える。
「エリシアさん!行ってください!」
風沙梨はそう叫ぶと、もう一度声を振り絞る。今度は亜静と皐は何も反応しない。そしてエリシアの翼の音、カエルに降り注ぐ雨音、周辺の音を全て集める。
一瞬の無音。奪われた音はカエルにだけ聞こえる爆音となった。鼓膜が破壊され、脳が振動する。防御を捨てているカエルは風沙梨の能力に抵抗する隙もなく、意識外からの攻撃がクリティカルヒットした。混乱で制御を失った水弾が、ただの水となって地面に落ちる。
そしてエリシアが豪速でカエルの後頭部に槍を突き立てた。槍はエリシアの速度と怪力により、先端だけでなく根元までカエルの体内に埋まる。
「行くわよ!」
エリシアがカエルから離れると、亜静が指をパチンと鳴らした。カエルに刺さった槍が爆発し、カエルの体内に甚大なダメージを与えた。
カエルは動かなくなり、空の雨雲が消えて行った。
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ゆがみん (水曜日, 04 9月 2024 03:35)
読むのが遅れてしまいすみません
普段はそんな仲良しこよしってわけじゃない人たちが成り行きで仕方無しに協力する展開結構好きだったりするの個人的にアツい
戦闘状況も事細かくてボリュームたっぷりでしたありがとうございます!
結局の所カエルが悪あがきで妖鉱石全部砕いたから残念だったな…風沙梨…。
幻夢界観測所 (月曜日, 09 9月 2024)
ゆがみんさん、コメントありがとうございます!
読んでいただき感謝です。いつでも大丈夫ですよ。
それぞれ役割を持った戦闘いいですよね。雑魚二人だってサポートならできるのです!
妖鉱石は雨やらエネルギーとなって、自然に帰っていきました……。