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マリオネットの手繰る未来2

 命手繰りは空中に映し出されたディスプレイを見つめる。そこには連れてきた王国騎士のデータが書かれていた。
 すでに捕らえていた男と合わせて九人の王国騎士が見つかった。全員元エリートや実績持ちの優秀な者ばかりで、特殊能力まで身につけている。

「これほどの力がある彼らを、王国がなぜ手放したのかは不明ですが、思わぬ収穫でしたね」

 命手繰りは画面をスクロールしてデータを読み終えると、空中ディスプレイを消す。そして二、三メートル程離れた食卓に目をやる。九人の男女が恨めしそうにこちらを睨んでいる。首には妖力を吸い取る装置をつけられ、テーブルに置かれた食事には目もくれない彼ら。抵抗できないように妖力は奪っているが、さすが王国騎士だ。今日連れてきたメンバーは全員精神が強く、簡単には屈しないと表情が語っている。三日前に捕まえた男は今朝の拷問が堪えたのか、俯いて大人しくしている。

「さあ、こちらのことは気にせず、早く食事を済ませてください」

 命手繰りは感情のこもっていない単調な口調で言う。パンにサラダ、肉、スープとバランスの良い食事が、九人それぞれに与えられている。首の装置以外の拘束はなく、いつでも自由に食事にありつける。しかし全員命手繰りの言葉には従わず、怪しむように眉をひそめたり腹立たし気に舌打ちをしている。その中の一人、少し顔に皺が入った初老の男が立ち上がる。落ち着いた動作で威厳がある。

「我々を捕らえて力を奪ったかと思いきや、食事をしろと。あなたたちの目的は一体なんだ」
「あなたは……騎士団の元副団長ですか。随分と立派な経歴ですね」

 命手繰りは質問に答えず、元副団長をじろりと観察する。妖力を奪われて立っているのも苦しいはずだが顔には出さず、交渉しようと真っ直ぐに命手繰りを見つめている。

「あなたは外での活動に向きそうですね。騎士団にスパイとしてでも戻らせましょうか」
「何の話だ?スパイなど――」
「あなたたちは何も考えなくて結構。私の命令に従っていればいいのです。食事を取りなさい」

 話が通じないと顔をしかめる元副団長。他の王国騎士たちが反論を言おうと口を開いたところで、命手繰りは両手十本の指から赤い糸を出現させ、元副団長の手足や胴体など、体中に糸を巻きつかせる。大人しくしていた男が赤い糸を見てびくりを肩を跳ねさせた。
 糸を巻き付けられた元副団長は驚いて顔を強張らせると、ぎこちなく椅子に座り、パンを手に取ってほおばり始める。

「ふ、副団長!?」

 隣にいた部下が困惑するが、元副団長も訳が分からないと目がうろたえている。どうなっているんだと騎士たちがざわつく。

「あの糸だ……」

 大人しくしていた男がぼそりと言う。声は震えていて、息遣いも不規則だ。

「あの赤い糸に繋がれると、あいつの思い通りに動かされるんだ。操り人形みたいにな」

 騎士たちは警戒して命手繰りを睨む。元副団長の両隣の者は糸を解こうとするが、妖力のない彼らでは命手繰りの糸を処理できない。
 命手繰りは表情を一切変えず、冷たい声で全員に告げる。

「あなたたちはユニライズのメンバーとして、これから毎日働いてもらいます。その対価として、我々はあなたたちの衣食住を保障します。聞き分けのいい者(洗脳が完了した者)には休暇も与えますし、妖力もお返しします。
 幻夢界を生まれ変わらせるカミの手足となれることを喜びなさい」

 さらに多くの糸が命手繰りの指から出現し、残りの八人にも接続される。体の制御を乗っ取られ、全員無理矢理食事を取らされる。同時に糸から感情までも操られ、騎士たちの思考は恐怖で支配される。
 騎士たちの自由を奪ったことを確認すると、命手繰りは指から糸を切り離して、解けないように騎士たちの体に糸を結ぶ。

「食べ終わったらあの子たちの支持に従ってください。抵抗すれば、食事で回復させた妖力も装置に吸い取らせますからね」

 命手繰りはそう言い残すと、外に待機していた妖獣と入れ替わりに部屋から出る。妖獣は完全に洗脳が完了しており、意志も感情もない命令を聞くだけの傀儡となっていた。妖獣には無理やり対象を支配する赤い糸ではなく、対象を強化する青い糸が繋がれていた。



 部屋を出た命手繰りは長い廊下を歩いていく。
 一定間隔で白い照明がついた天井、ステンレス貼りの壁、硬いタイルの床。廊下と繋がっている部屋のドアは認証式の自動ドアだ。廃墟の地下とは思えないこの場所は、カミの力によって特殊空間に展開されている。廃墟に特殊空間へのゲートがあるだけで、そことは別の場所だ。
 命手繰りは迷いなく廊下を進み、エスカレーターで上の階まで移動し、空中に関係者以外立ち入り禁止と文字が浮かぶ廊下の前で立ち止まる。この先は幹部しか入れない機密エリアだ。ユニライズのボス、カミと呼ばれる存在の部屋に繋がっている。赤い警告文が浮かぶ強力なエネルギーのバリアによってカミと命手繰り、異界送り、時空渡り以外の者の通行を禁じている。
 命手繰りはバリアの手形マークに自分の手をかざす。 赤い警告文が青に変わり、命手繰りはバリアをすり抜けて奥へ進む。さらに廊下を進み、行き止まりの部屋の前に着く。カミの部屋だ。ロックがかかったドアの脇にあるセンサーに手をかざす。ドアが開き、暗い部屋が命手繰りを飲み込む。

 部屋の中に照明はなく、かわりにモニターや機械類のボタンの発光が光源となっている。暗闇の中、命手繰りは慣れた足取りで、モニターを眺めるカミの元までやって来た。

「報告に参りました」

 三メートル程の身長の人物が振り返る。黒いローブに身を包み、頭へと伸びるやけに長い黒い首。その顔は穴の開いていない白い仮面に覆われ、頭には後方に伸びる二本のツノ。肩の上と下には、胴体と繋がっていない黒い腕が四本浮遊している。人型と似た姿をしたそれこそが、幻夢界を我が物にしようと企む者、ユニライズのカミであった。