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マリオネットの手繰る未来3

「ノジアの王国兵士九名を確保しました。どれも身体能力が高く、精鋭として使えそうです。一週間程で洗脳完了するでしょう」

 命手繰りの報告に、カミはそうかと頷く。
 ユニライズの人員は、すでにかなりの数が集まっていた。手下が多いに越したことはないが、カミを喜ばせるにはパンチの足りない情報だった。

「例の対策はどうなっている」

 カミがそう問う。前方にいるのに、部屋中から声がするように聞こえる。

「堕天狗、ですか?あの二人に任せているので詳細は不明ですが、なかなか苦戦しているようです」

 命手繰りは二人――異界送りと時空渡りを思い浮かべる。命手繰りと同じ、カミによって造られた操り人形だが、どうも相性が悪い。特に異界送りとは顔を合わせるたびに皮肉を言い合うような仲だ。
 カミが考えるように唸る声で、命手繰りは思考をやめてカミに意識を向ける。そしてカミの発した言葉に、滅多に感情を出さない命手繰りの目が少し見開く。

「私が、ですか?……ええ。……はい、承知しました」

 カミからとある命令を下された命手繰りは、一礼すると暗い部屋を後にする。廊下の白い照明の明かりを帽子のつばで遮る。どうしようかと思考を巡らせながら来た道を戻り、自身の作業場にしている一室に向かう。



 制御室とプレートに書かれた扉のロックを開け、命手繰りは中へ入る。室内には誰もおらず、監視カメラの映像が映るモニターや、ユニライズメンバーへ自動で指示を出す通信機の静かなファンの音が鳴っていた。
 命手繰りはパソコンの置かれたデスクに座り、慣れた手つきでデータファイルを開いていく。データは空中に映し出され、デスク上部は写真や文章の画面でいっぱいになった。
 その中の写真の一つを命手繰りは睨みつける。青い着物を着た獣天狗が映っている。

「堕天狗……」

 憎々しげに呟く。ユニライズの敵でありながら、目的のためにどうしても生かさなければならない存在。
 命手繰りは異界送りと時空渡りに呼び出しの連絡を送り、二人が来るまでの間、堕天狗周辺の情報が並べられたデータを頭に叩き込んだ。

――――――

 堕落族殲滅組織ユニライズ。とあるカミによって創られた組織で、その存在は公には知られていない。幻夢界を脅かす存在の堕落族を排除し、それにより多くの信仰――四柱を上回る信仰を得たカミが新たなる幻夢界を生み出すことを目的としている組織だ。

 幻夢界は不完全な世界である。四柱の管理不足によるエネルギーの過不足、世界のバグ的存在の降魔と毒ガス地帯、人間界依存の分離世界という立ち位置。
 カミは幻夢界を完璧な世界にするために、堕落族と同時に創造神四柱も滅ぼそうとしている。カミには創造の力があった。四柱には劣るが、土地も命も生み出すことができる。

 かつてはカミ自身が島を作り、生み出した生命たちの小さな楽園を見守っていた。その時間は平和であったが、カミの築き上げた楽園は創造神の気まぐれによって、命も島も海の藻屑となってしまった。悲しみに打ちひしがれたカミは創造神を恨み、自身が真の創造神になり、完璧で平和な幻夢界を創る決意をした。
 カミは残った力を限界まで使って二体の操り人形を生成した。あらゆる空間を行き来する異界送りと、時間を自由に行き来する時空渡りだ。
 相手に話しかけるか否か、道を右に行くか左に行くかなど、行動一つで未来は分岐する。カミは最善の未来を進むため、異界送りと時空渡りの能力でいくつもの並行世界の行方を調べた。カミの行動や操り人形たちへの指示で世界の動きは大きく変わるが、どうしても変えられない未来があった。

 幻夢界の崩壊。

 七百年後の確定事項だった。エスシ地方の守護神ネルが滅び、バランスが崩れた幻夢界によって四柱も衰退する。そこに堕落族と降魔が跋扈し、幻夢界は終わりへ向かうというものだ。あらゆる手を尽くしたが原因のネルを保護することも不可能で、現時点でカミが四柱に成り代わる力も足りていない。
 そこでカミは堕落族を滅ぼして世界の崩壊を遅らせ、その間に信仰を集めて幻夢界を創り直すという計画を立てた。堕落族に対抗するのにも力が必要だ。カミにはあらゆる世界から力を集め、何度も繰り返す手段がある。その効率を上げるため、三体目の操り人形の命手繰りが創られた。
 ユニライズという組織を作り、命手繰りの操る駒に力を集めさせる。駒を使いながら並行世界で堕落族を倒す実験をし、カミは堕落族を無力化する技術の創造に成功した。例外的存在を除いて。

 紅河鈴葉という獣天狗の存在がカミの計画を狂わせた。最強の堕落族、堕天霊(だてんりょう)の生まれ変わりである彼女が死ぬ世界では、必ず幻夢界が崩壊を向かえるのだ。堕落族を滅ぼそうが、弱った四柱を助けようが、紅河鈴葉がいなければ絶対に幻夢界は滅びる。いくつもの並行世界を渡り歩いて分かったことだった。
 紅河鈴葉を生かそうともしたが、まるで世界に拒絶されているかのように紅河鈴葉は死に追いやられてしまう。彼女が生き延び、幻夢界が存続する未来には、未だに辿り着けないでいた。

――――――

「呼んだ?」

 命手繰りのデスク横の空間に鏡が現れ、中から面倒くさそうな顔の異界送りがにゅっと出てきた。鏡の向こうのどこかに時空渡りもいるようだ。命手繰りは椅子から立ち上がり、異界送りに向き直った。

「カミ様からの命令です。私を並行世界に連れて行きなさい」