「私は並行世界から来ました」
「いきなりぶっ飛んでるねぇ!」
茶化すように堕天馬が突っ込むが、命手繰りは表情を変えずに続ける。
「仲間に異空間と時空を行き来する能力持ちの者がいます。その力で私は並行世界の過去、ここでの現在に来ました。目的は幻夢界の未来を変えるためです」
命手繰りは一度言葉を切り、堕天馬の反応を観察する。ベッドの淵に座って足を組む堕落族は、半分呆れ顔でそれで?と促す。
「この先、およそ一年半後くらいに四柱と堕落族の大規模な争いが起きます」
これは半分嘘である。実際に起こるのは聖都崩壊事件。聖都を中心にエスシ地方のバランスが崩れる事件だ。四柱が弱り、堕落族が暴れることによって幻夢界が崩壊する。
これでは堕落族の目標が達成するため、交渉にならない。堕落族が四柱に負けるという嘘で話を通すしかない。
「堕落族は全勢力を集結させますが、四柱に敗れます。そして四柱は今以上に力をつける。
私たちは堕落族にも四柱にも力をつけられては困るので、運命を変えるためにいろいろな世界線を巡っているのです」
「ふーん」
堕天馬は考えるように腕を組む。
「君はボクと協力して、その戦いで四柱を倒すか、引き分けに持っていきたいんだね」
「ええ」
「うーん。確かに堕落族内で四柱に近々仕掛けようという計画はあるよ。でも一年半ねぇ。ちょっと急な話じゃない?何かきっかけになる事件でも起こるのかな?」
堕天馬は命手繰りの言葉を信用していない。話を聞いてボロを出させようとしている。命手繰りは予想通りだと次の手札を使う。
「きっかけとなるのは紅河鈴葉、あなたたちが言う堕天狗です」
「……?誰のことだい?」
堕天馬はきょとんと首を傾げる。嘘をついている素振りはない。どういうことだと命手繰りも眉をひそめる。
「堕天鬼から聞いていないのですか?」
「先輩?しばらく会ってないし、天狗?のことも知らないけど」
「そうでしたか」
堕落族の元トップ、堕天霊の生まれ変わりである紅河鈴葉。彼女は少し前に堕天鬼という堕落族と接触してるため、てっきり堕落族全体で堕天霊復活の話を共有されていると思っていた。
「紅河鈴葉は堕天霊の生まれ変わりです」
命手繰りは軽く説明をする。紅河鈴葉に堕天霊の記憶はないことや、堕天霊の宿敵の存在も生まれ変わって存在していることなど。
堕天馬は徐々に真剣な目つきをして、黙って話を聞いている。
「彼女は四柱の味方にも、堕落族の味方にもなりうる存在。堕天鬼含め、堕落族はかつての堕天霊を取り戻したいでしょう?一年半後に堕落族が行動するきっかけはこれが理由です」
「なるほどね……。ふーん、堕天霊様が、か。うん、じゃあ堕天霊様を目覚めさせればいいってことか」
「ダメです」
即答する命手繰りに、なぜだと堕天馬は怪訝そうな顔をする。
紅河鈴葉は聖都まで生かさないと行けない存在。堕落族側に紅河鈴葉が堕ちるのは生存には繋がるが、聖都崩壊後の堕落族に拍車をかける事態となる。幻夢界の崩壊は防げないのだ。
カミが四柱を上回り、幻夢界を手中に収める力を得るまで、聖都で堕落族を暴れさせるわけには――。
「……」
命手繰りは一瞬思考を停止させて固まる。自分の目的は何だと問う。
堕天馬から殺されないように、表面上は協力することになった。そして堕落族と手を組んだ状態での未来を検証しようとしている。検証自体は異界送りと時空渡りが今後、多くの分岐を調べてくれるだろう。であれば、自分がすべきことは――二人により多くの並行世界を巡らせ、カミに多くの情報と記憶を提供すること。
堕落族を利用した後に裏切り、紅河鈴葉を生かして聖都を乗り切るつもりだったが、紅河鈴葉が堕落族側に回った状態で、聖都崩壊を迎える未来も悪くないかもしれない。負けが確定してる世界線を二人が試すはずもない。逆に負けから始めてしまえば、二人は勝ちの世界線を見つけるために様々な手を尽くすはずだ。その分、記憶の継承をできるようになったカミは強くなる。
命手繰りのすべきことはこの世界を荒らし、大負けを作ることだ。
「失礼、訂正します。堕天霊を復活させると、紅河鈴葉は四柱から狙われることになるので危険だと考えましたが、我々が手を組んだ今なら実現できるかもしれません」
「うんうん、面白くなってきたね。まあまだ君の話を信用したわけじゃないけどさ。この後先輩、堕天鬼に紅河鈴葉のこと聞いてくるよ」
堕天馬は笑顔でベッドから跳び降りる。そして命手繰りに目線を合わせて前屈みになる。不気味な赤い瞳にまっすぐ見つめられる。
「ボクはボク個人の堕落族の力を提供しよう。必要な命があれば取ってくるし、堕落族に有利なことなら、仲間を動かすこともできるかも。もちろん、君のことも守ってあげるよ」
そして目を細めて命手繰りの頰に手を当て、包み込むように撫でる。愛おしむような手つきの裏に、逃がさないと束縛のような不快さを感じる。
「君はこの後、ボクに何をくれるんだい?」
命手繰りは相変わらず無表情のまま、堕天馬の愛撫に抵抗することなく口を開く。
「他の世界や未来の情報、戦闘面では些細なサポートしかできませんが、あなたが望むものをなるべく提供しますよ。あと、希望が欲しいと言っていましたね。いつか私の希望を打ち砕かせてあげますよ」
「ふふん、いいだろう」
堕天馬は手を離して姿勢を正す。そして部屋のドアの方を見た。
「話もまとまったところで、早速実行すべき時が来たみたいだ」
建物の廊下から戦闘音が聞こえる。石造りの壁が破壊される音。見張りの怨霊を攻撃しているのだろう。程なくして、乱暴にドアが蹴破られた。
「こんなところに堕落族が来てるなんて」
怒りを露わにした赤い翼を持つ鳳凰と、その後ろから炎のようなリボンを身につけた女性が現れた。命炎の都の鳳凰、赤翼煌希(せきよく こうき)と炎を司る四柱、西咲稀炎(にしざき きえん)だ。
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