煌希は黄金の剣を構えて堕天馬を睨みつける。稀炎の方は、見張りの怨霊が燃え尽きるのを確認してから部屋に入り、煌希の隣に並んだ。少し微笑んでいるようにも見えるが、何を考えているのか分からない。
堕天馬が腰のベルトの鎖から十字の剣を外し、一歩前に踏み出る。
「気性の荒い鳳凰様と炎神様だなぁ。ボクらはただここでおしゃべりしてただけなのに、そんな怖い顔しなくたっていいじゃないか」
「別世界だの、四柱を滅ぼすなんて計画を語っておいて、放っておけるわけないでしょ」
「もう話が漏れてたか」
堕天馬はどうなっているんだと命手繰りに目配せする。命手繰りはさあと首を傾げて見せる。どうやら先ほど話していた会話は、全て筒抜けのようだ。並行世界についても、四柱への企みも。
『うふふ、不思議そうな顔してるわね』
命手繰りと堕天馬の背後から、少しくぐもった笑い声がした。堕天馬は正面の二人を警戒したまま、命手繰りだけが振り向く。部屋の中にも、窓から見える外にも人や生き物の姿はない。
「この声、緑神だ」
堕天馬が呟く。緑神、幻夢界の創造神の一柱。生命や植物を操る能力を持っている。
命手繰りははっとして窓の淵を睨む。壁を伝って窓から部屋に入り込んでいるツル植物。緑神はあそこだ。命手繰りは指先から赤い糸を出現させ、それで植物のツルを刺すようにずたずたに裂く。植物は簡単にばらばらに千切れ、床に落ちる。
すると、次は床の割れ目に根を張った小さな雑草から声がする。
『そんなことしても無駄よ。私は周辺の植物を通してあなたたちを見て、話を聞いているだけですもの。ここに実体はありませんわ』
「最初から盗聴されてたんだね。気づけなかったなあ。これは一本取られたよ」
堕天馬が肩をすくめる。しかし表情は余裕そうで、情報を知られたところでどうってことないと目が笑っている。
「シャナス、このことを鋭子様と水茂様に伝えて。私と煌希でここはなんとかするわ」
「了解ですわ、稀炎様」
緑神ことシャナスは挑発するようにごきげんようと挨拶し、他の四柱へ情報を共有しに行ったのか、植物から声がすることはなくなった。
「さて、始めましょうか」
稀炎が敵意のない口調で数歩前に出る。煌希も稀炎の隣に並び、右手に持った黄金の剣に炎を纏わせる。
命手繰りはどうしようかと周囲に目を走らせる。この二人を相手に勝ち目はほぼゼロに等しい。堕天馬が味方にいるとはいえ、幻夢界最強の一人である稀炎と、不死身の鳳凰とやり合うのは厳しいだろう。話を聞かれ、こちらが完全に敵と知れた現状では交渉も上手く行くとは思えない。逃げるのが最適だろう。
異界送りを呼ぼうかとも考えたが、失敗――死ぬことが許されない異界送りを堕天馬の前に出現させるのは避けたい。協力関係を築いたとはいえ、堕落族を完全に信用できるはずもない。なるべく自分の力で乗り切ろうと、異界送りという最終手段には頼らないことにした。
「逃げましょ――」
「面白くなってきた!人形、君のサポート見せてよ!」
堕天馬はやる気満々で十字の剣を一振りし、稀炎たちに戦意を見せつける。
「正気ですか?この二人を打ち負かすなどできるはずありません」
「まあまあ、炎神は無理だとしても、鳳凰なら深手を負わせられるよ。あいつには堕天霊様に逆らったっていう恨みもあるし、ちょっと痛い目みてもらおうじゃないか」
命手繰りが何を言っても、スイッチの入った堕天馬に届きそうにない。命手繰りはどうなっても知らないぞとため息をつき、十本の指から青い糸を出現させ、堕天馬の腕や足に巻き付ける。青糸は堕天馬の身体能力や妖力を強化する。
「おお、これが」
糸に繋がれ、命手繰りに動かされる操り人形のようになった堕天馬。手を握ったり開いたりして増強した力を実感している。
「この糸、君から分断しても効果あるの?」
「ええ」
「じゃあ外して。君は逃げるといいよ」
「大丈夫なのですか?相手へ軽い妨害くらいなら手伝えますが」
「いいよいいよ。君のこと巻き込みそうだし」
命手繰りは糸が解けないように調節し、指先の糸を切断する。化け物三人が戦うのだ。堕天馬の言う通り、命手繰りがいても邪魔になるだけだろう。
「ではお言葉に甘えて。またどこかで会いましょう」
命手繰りは敵の方を向いたまま後ろに下がり、窓から逃げようと石造りの壁に手をつく。もちろん敵が簡単に見逃してくれるはずもない。
「煌希、堕天馬の狙いはあなたよ。こいつは私が足止めするから、あの人形を捕らえて都に連れて行って」
「っ!?でもっ、……分かったわ」
煌希は悔しそうに堕天馬を睨みつけたが、最適な役割分担に納得して視線を命手繰りへ向ける。逃がすものかと大きな赤い翼を広げて身をかがめる。
「早く行け!」
堕天馬がそう言い、自身の周りにいくつもの黒いクナイを展開し、煌希に向けて発射する。堕天馬の妨害を、さらに稀炎の炎が妨害する。創造神が扱う炎は意志を持った龍のように身をくねらせ、堕天馬の攻撃を焼き尽くして飲み込む。
その隙に命手繰りは窓から外へ脱出し、森の中を駆ける。同時に煌希も翼を羽ばたかせ、命手繰りの後を追って窓の方へ飛ぶ。
堕天馬が煌希を止めようと、剣を振りかざして煌希の方へ跳ぶ。そこでまたしても稀炎からの妨害。腕の形をした炎が堕天馬の四肢を掴み、剣が煌希に届く前に堕天馬の動きを封じる。
「チッ。人形!こいつらを連れて行け!」
堕天馬の怒鳴る声に命手繰りは後ろをちらりと見る。すでに窓から出た煌希が、命手繰りの走る速度よりも速く飛んできている。その煌希の後ろに、堕天馬の手下の怨霊が十体、命手繰りの味方として追ってきている。
「助かりますよ」
このままではすぐ煌希に追いつかれてしまう。命手繰りはくるりと振り返り、怨霊に向かって青い糸を伸ばす。怨霊たちは煌希を追い越し、飛びつくように糸に突っ込み、強化の恩恵を受け取る。そして命手繰りを囲うように配置につく。
命手繰りから五メートル程離れた場所に煌希が降り立つ。
「観念しなさい。大人しく捕まって反逆なんてやめた方が身のためよ」
「あなたこそ部外者でしょう。これは我々と堕落族と四柱の争いです。手を引いてください」
「幻夢界を滅ぼそうとしてるあんたたちを放っておけるわけないでしょ」
互いに言葉を交わらせるのは無駄だと察し、戦闘態勢を取る。命手繰りは糸越しに怨霊に指示を伝え、煌希は炎の剣と、周囲に炎の弾をいくつか出現させる。
睨み合いの末、先に動いたのは命手繰りだった。怨霊の半分を煌希に向かわせる。そして命手繰り自身は足に力を込め、思いきり後ろへ跳び、そのまま背を向けて逃げ出した。
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